ふしぎだと思うこと これが科学の芽です
発想豊かな子どもたちの「自由研究」が面白い。流行にとらわれることなく、自分の興味にひたすら打ち込める。だからこそ、ブレークスルーが生まれる。そんな「科学者の卵たち」は、どんなキャラクターなのか、どんなふうに成長したのか?
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1回 田上さんの「足に棲む菌の種類が多い人ほど、蚊に刺されやすい」説

 202011月に94歳で亡くなったノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊氏は、しばしば「心に夢の卵を持っておきなさい」と若者向けの講演で語った。持つべきものは「夢」ではなく、その「卵」であるとしたのは、動物の卵のように養分を与えて温める、つまり育てる過程が、夢の実現には大事であることを強調したかったからにちがいない。

 夢の卵はどうすれば見つかるのか。小柴氏は次のように述べている。

“若いうちに物怖じしないでいろんなことに挑戦し、体験してみて、そのなかから「あ、これならやれる」「これならやりたい」と実感できるものを見つけておくことです。そういうものが見つかったら、それが夢の卵です。”

(小柴昌俊『ニュートリノの夢』岩波ジュニア新書)

 夢の卵は、漫然と待っていれば勝手に降ってくるわけではなく、自ら動いてつかみ取るものなのだ。先行きが不透明で、制約の多い今こそ挑戦する姿勢が求められる。

 しかし、この指針の通りに実行するのは難しいと思う人もいるに違いない。

 かくいう筆者も小さいときは引っ込み思案で、周囲の活発な子たちに刺激を受け、「自分もいろんなことに挑戦したい」と思いつつ、動けずにいた。「物怖じしないで」と言われても、一歩を踏みだすこと自体に抵抗を感じる人は少なくないのではないか。

 そこで本連載では、まだ夢の卵を見つけられていない人、見つけてもその育て方に悩んでいる人が一歩を踏みだすのに役立つような事例を紹介したい。また、わが子に科学に興味を持ってほしい、科学的な考え方を身につけてほしいと願う親に向けて、役立つようなヒントも提供したい。

脳の発生研究から古代遺跡プロジェクトまで

 今回紹介するのは、米コロンビア大学に通うがみだいさん(21)。「通う」といっても、コロナ禍で20204月に帰国。以来、京都市の自宅からオンラインで講義を受けている。

「授業は、日本時間の夜11時頃から深夜3時頃まで続きます。その後少し休んで、朝7時から昼頃まであります。午後2時から6時頃まで寝ますが、それだけでは睡眠が足りないので、夜中に仮眠を取っています」

 かなりハードな生活に思えるが——。

「でも、アメリカでは自分で料理を作ったり洗濯をしたりしないといけませんが、今は親がやってくれるので、その分、楽です」

 日本の大学は一般に、入学時に学生を法学部、文学部、工学部、医学部など専門学部に分けて受け入れる。一方、多くのアメリカの大学には、そういった入学時の区分が設けられておらず、学生はライティング、第二外国語、数学、生物学などの基礎を必修科目として受講しつつ、大学が用意するバラエティに富む講義から自分の興味関心に沿って選んで受講する。専門課程が始まるのは3年からだ。さらに専攻を絞って学びたい人は、ロースクール(法学)、メディカルスクール(医学)、ビジネススクール(経営学)などの専門大学院へ進む。

 現在3年生の田上さんは、主専攻として数学科、統計学科に所属し、メディカルスクールへの準備段階となる医学部予科生として学んでいる。

 大学入学当初から数学科目で優秀な成績を収めたおかげで、1年では微分積分、2年ではそれに加えて線形代数、常微分方程式などの科目でティーチングアシスタント(TA)を受け持っているという。TAは講師の講義を手伝ったり、受講生の質問に答えたりする助手のことで、一般には大学院生が担う役割だ。

 3年に進学してからは、自ら講師として、学生にプログラミング言語のPython(パイソン)を教えている。

講義に必要なプログラムを作る田上さん

4単位の科目で、3単位は教授1人、1単位を僕が受け持っています。受講生は下は1年生から上は大学院生までいます。定期的に教授と打合せをして講義の内容を決めますが、受講生に出す課題を自分で作って採点もしなければならないのが大変ですね。毎週1コマ(90分)の準備に10時間くらいかかります」

 コロンビア大学のオンライン講義システムを使った田上さんの講義風景を見せてもらうと、画面に「Covid-19」の単語が見える。新型コロナウイルスを題材にした講義らしい。

「アメリカでの新型コロナ感染症による死亡者のデータを、人種別、あるいは肥満度別に統計的に分析して、視覚化するためのプログラムを講義しているところです。今、みなさんコロナに興味を持っているので、そのデータ分析を主なテーマとして取りあげています」

 コロンビア大学に付属するザッカーマン研究所では二つの研究室にも所属する。一つでは神経幹細胞を使った脳の発生の研究を、もう一つではAIを使ってマウスの行動を分析する技術開発を行っているという。

 2020年夏(2年生の夏)には、米ブラウン大学との共同研究も実施した。同大学が公開している古代遺跡のデータベースを使って、遺跡の形状や素材などの情報を入力すると、その年代が出力されるようなプログラムを作ったという。

「イギリスのレイドロー財団が、世界14の大学の学生を対象に研究費として奨学金を給付しているのですが、ありがたいことに支給対象に選ばれました。1年生のとき、その奨学生が集まる交流会で、ある学生から、君の持っている技術は、古代遺跡の年代推定に使えるかもしれないと言われて、そうかもしれないと思ったんです。ブラウン大学の考古学の教授にメンターになって欲しいとお願いして受け入れてもらいました。前の夏(2020年の夏)はブラウン大でプログラマーとして働きました」

 勉学、研究に励む一方、ボランティアにも精を出した。

1年のとき、ニューヨークにある大学病院でボランティアをしました。入院患者さんのコップに水を入れたり、枕やシーツを替えたり、お話を聞いたりするんです。他には家庭教師のボランティアもしました。ハーレム街の小学4年生の男の子に大学の教室や多目的室で教えていました。お母さんはシングルマザーで、仕事で忙しそうでしたが、頑張って子どもを連れてきていました。男の子は分数の計算に苦しんでいたので、割り算と分数の関係とか約分の仕方を集中的に教えましたね。鉛筆を何本も用意して、実演して、2分の4と、4分の8は、分子と分母の数は違うけど、分数としては一緒だよとか。整数で分子と分母を割りきれる分数からはじめて、分数に慣れていってもらいました」

 勉強ができない人の気持ちが分からず、なぜ分からないかが分からないと突き放す「秀才」もいる。しかし田上さんは、相手がなぜ分からないかを考え、理解するにはどうすればよいか工夫する心構えがある。

「ザッカーマン研究所のラボでは周囲の大学院生やポスドクの人たちに教えてもらっています。また大学院の講義も受講していますが、基礎知識が足りないので、困ることが多いんです。でも、週に2時間くらい設けられているオフィスアワーに研究室を訪ねると、教授やTAの方たちが、どんな質問にも丁寧に答えてくださる。それが嬉しくて、いつも感謝しているんです。だから僕が理解している分野については、還元したいって思っています」

 学生として講義を受けると同時に講師役を務め、その傍ら、二つの研究室に所属して最先端の研究に参加し、別の大学でプログラマーとしても勤務、さらにボランティア活動も……。

 田上さんは本当に一人の人間なのか。彼の話を聞きながら、私は軽いめまいを感じていた。

妹が不憫で、蚊の研究をはじめた

 田上さんを取材するのは今回が2回目で、5年ぶりだ。最初に会ったのは2015年で、彼が高校1年生のときである。当時、彼が取り組んでいた研究について話を聞き、週刊誌に記事を書くためだった(”「スーパー・サイエンス・ハイスクール」の実態”「週刊新潮」20151224日号)。

 その研究とは「一生に一度しか交尾をしないヒトスジシマカの雌に2時間で10回以上交尾行動を起こさせるには」。

 ヒトスジシマカとは、いわゆるヤブ蚊である。私はそれまでヤブ蚊が一生に一度しか交尾をしないと言われていることすら知らなかったが、田上さんの研究によれば、足のニオイを嗅がせることで10回以上に増やせるというのである。足のニオイが蚊にとって媚薬の役割を果たしているわけだ。

田上さんの実験ノート

 田上さんは2歳下の妹、さんが自分よりも蚊に刺されやすく、しかも刺された跡が腫れ上がることを昔から不憫に感じていた。これを何とかしたいというのが中学3年生のときに研究をスタートさせた動機の一つだ。田上さんにとっての「夢の卵」が生まれた瞬間である。

 研究を始めてまもなく、田上さんは大きな発見をする。

「まず蚊が好きなニオイを出すものと嫌いなにおいを出すものを探そうとしてシャンプー、肉、リンスなど家中のニオイがあるものを嗅がせてみました。その際、靴底を嗅がせてみたところ、一斉に交尾行動をし始めたんです。一生に一度しか交尾をしないはずのメスの蚊が、あれだけ一斉に交尾したのを見たのは初めてで、とても感動したのを覚えています。そこで足のニオイと交尾行動との関連性について調べようとしたのが僕の実験の第一歩となりました」

 翌年、文科省からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定され、高度な実験器具、学外の専門家からの指導などに恵まれる京都教育大学附属高校に入学し、蚊の研究を発展させる。妹の他、高校の教師たちから足のニオイのもとである菌を採取して培養。培養した菌を蚊に近づけた場合も、足を近づけた場合と同様に交尾回数が増えるのとともに、単離培養、すなわち菌を1種類ずつ近づけても蚊は交尾行動を起こさないことを突き止めた。

 この研究では、足の菌を提供してくれた28人の中で、妹の足の菌に蚊が最も強く反応する一方、田上さんの足の菌には蚊が一切反応を示さないことも分かった。対照的なサンプルが、いちばん身近なところで得られたわけだ。

 高1の田上さんにこの研究を聞いたとき、私は、彼の探究心に感服しつつも、内心、妹が蚊に刺されるのを止めたいはずなのに、蚊の交尾数を増やすと、蚊が増えてしまい、元も子もないのではないかと思った。元も子もないどころか、田上さんは当時、蚊の飼育箱から蚊が逃げ、妹を刺すので、妹は自分の実験自体をすごく嫌がっていると語っていた。飼育箱が部屋を一つ占有するため、両親も嫌がっていたという。

 高校に通いながら蚊の研究にどのように取り組んでいたのだろうか。

「蚊が活発に交尾するのは、夜中です。なので午後11時頃に、スイカとかパイナップルを餌として与えて、交尾済みの雌に僕の腕を吸血させて、足のニオイを嗅がせるなどして交尾回数を数えていました。実験が終わるのは午前1時とか2時です。いちばん時間がかかるのは、未交尾と交尾の済んだ蚊の仕分けです。夜に生まれることが多いのですが、1匹ずつ手で捕まえるので大変でした。大学でショウジョウバエの神経幹細胞を研究することになりましたが、その研究室では、生まれたばかりのショウジョウバエを二酸化炭素で眠らせて、顕微鏡で見ながら雄と雌を分けます。1匹ずつ捕まえるのと比べて、すごく楽です」

 学校の課題など、勉強をする暇がなさそうだが……。

「勉強は昼間にしていました。昼寝することもありましたが」

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第1回 田上さんの「足に棲む菌の種類が多い人ほど、蚊に刺されやすい」説(2)
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