データで検証する女性の学歴と経済格差
女は女というだけで貧乏になる——見えにくい実態を、当事者の語りと客観的なデータをもとにあぶり出す。

第一章 どうして女性は高学歴でも貧困なのか

──二人の高学歴女子をめぐる現状──

報告1

おお

お茶の水女子大学大学院博士後期課程在学中

職業・大学非常勤講師(英語)。事実婚の夫あり

母の一言

「あんた、本当なら今頃はいいお給料、もらえてたはずなのにねぇ」

 お盆の帰省も最後の晩、母の一言が私の胸をチクリと刺した。他意はなかった、と思う……。むしろ、ワーキングプア状態にある娘を気遣って、慰めようとの考えもあったはずなのだ。しかし、えてしてそういうときの私の悪い癖で、このときも、食ってかかるような応じ方をしてしまった。

「だから必死で努力してるんでしょ。みじめになるようなこと言わないで」

 本当のことを言うと、「うちの娘が、もし大学新卒時に就職していた会社に今もいたとしたら」、とつい母に思わせてしまうこともあるにはあった。いや、その一件だけで終わっていれば、こうまでしみじみとした言われ方をしなかったはずだ。実は私は、貴重な〝新卒〟入社で勤めた会社を早々に退社して、別の大学に再入学している。そこでは、英語科教諭の免許も取得するなど、それなりに張り切っていた。

 だから、そんな娘の様子を見て、きっとそのときも母は、頭に予想図を描いていたはずなのだ。

「今度こそ、高校の教員にでもなって、あとは安泰よね」

 だが、期待に反してまたも私は正規雇用制度には乗ら……いや乗れなかった。他に情熱を燃やすものが見つかっていたから……(後述)。それが良かったのか悪かったのか、今となってはもうわからない。とにかく私が、その道を選択したことで今や、日々を生きていくことだけで精一杯の状態にあることだけは確かである。女三八歳、伴侶はいるが子なしで低所得、それでもって高学歴。

 だからこそ、わざわざ母に言われるまでもなく、私自身がいちばんよくわかっている、のだ。「あのまま、正規雇用されていれば、こうまでお金に苦労することはなかっただろう」と。

 実家に戻るたびにかけられる、娘を案じる母の言葉は、決まって私を苛立たせる。

 自分が「高学歴ワーキングプア」であることを突きつけられるからだけではない。母の期待を裏切ってしまったのではないかという、後ろめたさもあったから。

 現在の私の職業は、「大学非常勤講師」である。

 ただ、講師以外の身分もある。二つ目の大学を卒業した後は、そのまま大学院博士課程まで進学し、決して本意ではないのだが、いまだそこに籍を置きつつ「勤め」に出ている状態なのだから。さっさと学籍を「抜いて」しまいたいと心底願っているにもかかわらず、博士課程には足かけ八年も「入院」したままだ。自分でも、もううんざりしているのだが、これにはわけがある。

 わたくし、日本学生支援機構から奨学金を借りております。他にアルバイトをすることでそいつをストックしてもおります。いや、「おりました」。支給そのものはすでに最初の五年で打ち切られて、今は蓄えた奨学金貯蓄を切り崩しながらの毎日なもので……。

 大学院生に対する奨学金は、修士課程の二年間分と、博士課程の三年間分の最長五年間のみしか保証されない。たとえそれ以上在籍していても、入ってくるものはもう何もない。

「ならば、わざわざ五年を超えて大学院生の身分である必要はなかろう」と思う向きもあるかもしれないが、問題は、入ってくるお金のことではなく、出ていく分にこそある! 私を含む多くの大学院生たちが、望むと望まざるとにかかわらず、結果的に長年の「入院」をせざるを得ない「罠」がそこに張られているからだ。

 ひとたび大学院生でなくなったら──いわゆる「退院」をしてしまうと、たとえ定職がなくても「返済義務」がただちに生じてしまう。「貸した金、返せ!」、としつこい取り立てにあうことになるわけで、皆これにおびえているのだ。猶予してもらうための手だてとしては、できる限り長く学生であり続けるしかない……。

 身を縮ませながら、そんなラビリンスに迷い込んでいる院生は多い。もちろん、少なからず授業料も発生するから、いわば穴が空いたバケツに上から水を足し続けているようなものか……。世間の人は、本末転倒したやりくりだと仰天するかもしれないが、私が専攻している人文系の学問分野ではそれほど珍しいことではなかったりする。

 そもそも人文学は、大学の(専任)教員になる以外には、ほとんど生計を立てる道はない。なのに、今やその「免許証」であるとされる博士の学位を取ろうとすれば、今度は他のどの分野にも増して難しいのである。ここにも、先と同じような倒錯した世界観が見られる。

 誤解のないように付け加えておくが、物理学のように「食えない」ことで知られた分野も、そりゃあ、ある。二〇一二年上半期に芥川賞を受賞したえんじようとう氏は、だからこそ作家に転身した。東大の博士課程まで進学し物理学を修めた正真正銘の学者だが、彼ほどであってもその道では食えなかったのだ。ただそれでも、人文系とは大きな違いがある。そこで学位が「取れる」かどうかということだ。物理学では可能だが、人文学ではそれすら取得できず、飯粒だって手にできない。

 いわゆる「ポスドク問題」と聞くと、一般には、自然科学畑の社会問題という印象が強いけれども、不遇さなら人文学の高学歴者だって決して負けていない。というか、おそらく第一位となるのではなかろうか……。

専業非常勤講師稼業

 ところで「大学非常勤講師」のポストが見つかる前の私は、予備校事務員、教授秘書、家庭教師……、と履歴書にはあまり堂々とは書けない仕事を山ほどしてきた。だからバイト遍歴には自信があったが、そこからついに足を洗って三年がとうとしている。非常勤講師専業も板についてきたというところだろうか。おかげで、最近は面白い光景が見えてきて、ちょっと自分でも驚いているところだ。

 実は、非常勤講師(つまり金に困っている研究者)の最大多数は、まず英語担当の語学教師で間違いない!! ということである(図表1)。

 外国語科目というものは、いわゆるマスプロ授業にはなじまないために、どうしても多くの教員を必要とする。だが、必要なままに「専任講師」を雇うと、人件費が異常に膨らむことになる。それを嫌う大学側は、非常勤講師で授業を「手当て」しようとするのだ。

 それでも英語担当ならば、「クチがあるだけ」まだマシとも言えるから、語学の周辺は本当にヤバイ……。ホームレス博士予備軍がウヨウヨなのだ。同じ外国語でも英語以外になると、非常勤のクチさえ限られてしまう。結果的に、これは構造的に「専任教員にはなれない仕組み」ができあがっているとおわかりいただけるだろう。

 さて、その英語担当の非常勤講師業界。他の科目と比べると、実はかなり女性の先生が多い。先生方のバックグラウンド(専門分野)をちょっと見てみよう。おおむね、人文学か教育学、より細かい分類では、英米文学、英語学、英語教育学のいずれかに落ち着くはずだ。

 詳しくは次章をお読みいただきたいが、ここでは、これらの領域はそもそも女性の割合が目立って高いのだということを指摘しておきたい。かく言う私もアメリカ文学を専攻し、教師としては英語を教えている(ついでに付け加えるならば、今もまだ院生として所属する大学も、最初の非常勤先も女子大である)。

運命の一九九五年

 私の経歴が、学者の卵にしてはちょっとでこぼこしていることは先にも触れたとおりだが、これについては、一九九五年という年を振り返ってみることでもう少し説明を加えたい。当時、最初に入学した大学で卒業年次を迎えていたのだが、今から思えばこの年に起こった大きな二つのできごとに、その後の進路を決定的に方向づけられてしまったように思う。「就職氷河期」と「第四回世界女性会議」である。

 この年は、新卒求人倍率の低さを表すのに「氷河期」という表現が用いられたはじめての年でもあった。この「氷河期」に、同一年齢人口が戦後二番目に多い、第二次ベビーブーマーが直撃された。

 もうひとつ、「第四回世界女性会議」というのは、この「就職氷河期」ほどのインパクトをもって知られているものではない。だが、北京で開催された本会議は、フェミニズムにとってひとつの時代を画すことになった。会議の成功をきっかけに、国内でも政策や教育をはじめとするさまざまな領域で女性運動が勢いを得ていったからだ!

 一九九〇年代末~二〇〇〇年代前半には、「男女雇用機会均等法」の改正、「男女共同参画社会基本法」の成立、介護保険制度の導入、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(いわゆるDV法)」の成立、初等中等教育段階へのジェンダー教育の普及(象徴的だったのが男女混合名簿)など、女たちの運動が次々と目に見える成果を結ぶ時期が到来したのだ!!

 さて、「就職氷河期」に、けちょんけちょんにまれ、へし折られていたはずの己の鼻っ柱だったが、まだどこかに芯のかけらでも残っていたのだろうか……、私は大苦戦の末にやっと滑り込んだ就職先をたちまちおん出てくると、こんな日本の女性の未来を占う激流にエイヤとばかりに身を投じ、気がつけば関連の読み物をむさぼり読む毎日を送っていた。

 子どもの頃から、自分のなかのどこか深いところでくすぶってきた不満やら怒りやら葛藤やらに「名前がつく」、それはまさに視界を覆ったぶ厚い霧が一掃されていくような経験だった。月並みな表現だが、「解放」されてしまったわけだ。

「え、ちょっと遅いんじゃない?」

 では、そんな声に少しだけおこたえしましょう。

 私の郷里は、自民党の首相を四人も輩出した保守王国、群馬県であります! 県立高校では──しかも偏差値の高い進学校であればあるほど、今なお戦前から続く男女別学が堅持されている極めてまれな地域なのである。

 そんなお国柄に加えて、私の生家の家風についても恥ずかしながらご紹介させていただく。両親をはじめ、母方の祖父母、父方の祖父、親類の多くも公立学校の教員という、おカタい家庭なのデス。そこで総領娘として育った上に、せっかく親元を離れられるというのに、進学先には、これまた地方の大学を選んでしまった。せめてそこさえ、都会の大学であればよかったのだが。

 そんなこんなで、「新しい空気を吸うのに一周遅れになったって、まあ無理もないわな」とはご理解いただけないでしょうか? 本人的にはトホホなのデス。

 ともあれ、そのあたりを経ることによって、なかば必然のように私はフェミニストとしての自覚を抱いて学問研究と社会運動にのめり込んでいくこととなる。幸か不幸か、その道を照らしてくれたのが、二つ目の大学であった。こちらは大都会に位置していた。

 若いときの熱に浮かされたような思い込みというのはすさまじい。「東京で勉強し直せる」と思うと、風呂なしの間借り生活も苦にならなかった。まあ、今ではさすがに耐えられないが……。

 そしてそんななかで出合うことになったのが、大学で起こるセクハラを防止する運動である。一九九七年に結成されたばかりの、「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント・全国ネットワーク」という、主に大学のフェミニスト教員による有志団体に参加することとなり、以来、研究のかたわら一〇年以上、防止体制の整備、実態調査の実施、意識啓発と普及、被害者支援といった活動に関わり続けている。この団体の創設者は、アメリカ文学の研究者でもあった元京都産業大学教授、故・渡辺和子氏だ。今さらながら、なんでご存命中にお目にかかる機会がなかったのかと悔やまれてならない……。

 これらの経験が、私に現在の身分──「大学非常勤講師」について、他とはちょっと違った視点から眺めてみるきっかけみたいなものをくれたんだと思う。

 一言で表すと、「大学非常勤講師」というのは(セクシュアル)ハラスメントにさらされやすいのだな、と。まことにリスキーな身分だとわかるのだ。

 他人をいたたまれなくする言動は、「セクシュアル」なものに限らないが、あらゆるレヴェルに共通して、より立場の弱い者に向けられるという特徴がある。

 一九九〇年代以降、防止体制が構築された結果として、学生(正確には学部生のみを指す。院生は半分研究者扱いされるので、学生というよりむしろ弟子の感覚に近い)が被害者になる可能性については、ずいぶんとリスクが下がってきたように思う。まあ、考えてみれば学生はある意味、大学にとっての「お客様」である。意地の悪い見方をすれば、人権擁護ならぬ組織防衛の観点から、最低限の防護策は講じられて当然かもしれない。

 そこへいくと、大学教員の職階の末端に置かれている非常勤講師くらい、被害者予備軍として条件のそろった立場はないのである。

 私はハタとそこに気づき、なんだかいても立ってもいられなくなりはじめた。

 だって、

非常勤講師を含む「高学歴ワーキングプア」の最大多数層は、英語担当の非常勤講師である

英語の非常勤講師には、他の科目に比べて女性教員が多い

 それならば、「非常勤講師の苦境とは、女性にとってより大きな問題だとも考えられるんじゃないの?」との疑問が湧いても不思議ではあるまい。

 セクシュアル・ハラスメントが女性にどのような不利益を強いてきたかを振り返るなら、これは放っておいてよい疑問ではない。その不利益とはまず「労働市場からの排除」であるからだ。

 こうなってくるとなおのこと、高学歴ワーキングプア問題というものは、男性よりも女性にとってこそ切実なのだと思えてきてならない。少なくとも、高学歴の女性には、高学歴の男性とはまた違った側面からの困難があることは間違いない。

 そんな疑問が漠然と湧きはじめていた二〇〇九年春のことであった。

 キャンパス・セクシュアル・ハラスメント・全国ネットワークの一支部によって、小さなシンポジウムが開催された。講師のひとりとして招かれていたのが、本書監修者のづきしようどうさんだった。予期せぬ嬉しい出会いであった。

 ほどなくして、私は水月氏に、「氏の高学歴ワーキングプア論は、男性中心的で実態の半面しか説明できていない」と批判する目的で書いた拙論を送りつけた。ラッキーなことに、私が売ったケンカは寛容な氏に買ってもらえたらしい。ひょんなことで、日本社会学会という大学会のなかの、若手フォーラムという小さな部会に呼ばれ、ラウンド・ミーティングという公開円卓会議の席上で、氏とやり合う機会をいただくことができたのだから。

 実を言えば、本書の企画は、そのときの議論に飽き足らなかったらしい氏の発案から始まっている。共同執筆者のくりりゆう氏とも、そこで同席して以来のお付き合いである。

「高学歴ワーキングプア」問題を、女性の視点から捉え直してみたい。自分がジェンダーに関する研究や運動に携わってきたのも、英語という覇権的な外国語を教える女性非常勤講師であるのも、何かの縁というものかもしれない。そんな経緯から、私は「高学歴ワーキングプア論 女子版」とでも呼べそうな本書の企画に、一枚むことになった。

第一章 どうして女性は高学歴でも貧困なのか(2)

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