アラフォー/非正規/シングル 「一億総活躍社会」の影を追いかける
アラフォー/非正規/シングル。気がつけば、崖っぷち。

1章 家族という危ういセーフティネット

実家でしか暮らせない

 現在、首都圏で公立小学校の臨時教員をしている東さやかさん(二四歳)。

 大学を卒業したら実家を出るつもりでいた。早くから就職活動を開始し、一〇〇社以上にエントリーシートを送ったが惨敗。ハローワーク経由でどうにか見つけた就職先は子ども向けの英語塾だった。

「正社員ならどこでも……という一心で入社しましたが、とにかく毎日忙しく、朝八時から夕方までは授業運営、夜は事務処理に追われ、終電が当たり前という状況でした」

 社員一五人のうち、六人が東さんと同時に入社した新入社員だった。高い採用率と高い離職率はいわゆる〝ブラック企業〟の典型と言える。あまりに高い離職率に労働基準監督署が調査に入ったこともあったが、状況はまったく変わらなかったという。

「終電での帰宅を繰り返すうちに突然泣き出したり、感情がうまくコントロールできなくなってしまって、このままいったらヤバイと思って辞めました」

 すぐに転職活動を始めたが「またブラック企業だったら……」という不安もあり、気持ちが前に進まない。半年が過ぎたころ、公立小学校の臨時教員の仕事を見つけ、応募。採用されたのだった。子ども好きの東さんにとって今の仕事は楽しく、やりがいも感じている。

 しかし身分はあくまでも臨時教員。手取りは月八万円にも満たないうえ、一年契約なので翌年も雇用される保障はない。

「実家暮らしでなければこの仕事は選べていないでしょう。親もまもなく定年を迎えます。夜に塾講師などのアルバイトを掛け持ちするつもりで、就職活動を始めています」

 収入が低いため、実家に依存しなければ生活が成り立たない女性は少なくない。しかし、親の収入や年金にいつまでも頼ることはできないのもまた事実だ。

 山口多恵さん(三〇歳)は大学卒業後、ダンサーになりたいという夢を追うため、実家に暮らしながらアルバイトで生活を維持してきた。ダンサーとしては舞台に定期的に出演し、順調なキャリアを重ねていたが、数年前、不景気のあおりをうけ、父親の仕事がうまくいかなくなったという。収入を頼りにされるようになった山口さんは、スーパーと飲食店でのバイトを掛け持ちすることになった。

 最大のセーフティネットであったはずの実家はあっという間に崩壊寸前となってしまったのだ。

「バイト歴が長いのであてにされることが多く、長時間シフトになってしまう。収入が上がるからいいと早朝から深夜まで働いていましたが、ダンスとの掛け持ちでフラフラになり、不眠の症状が出始め、病院に行ったらうつ病と診断されました」

 ダンスは休まざるを得ないが、収入を減らすわけにはいかないので、今もバイトは続けている。

「都内の家賃を考え、交通の便利な実家に居続けてきましたが、まさかこんな事態になるとは……。甘かったと言われたらその通りですね。先のことを考えると不安で仕方ありません」

 シングル男女のうち、親元で暮らす人の割合は七割を超える。その割合は年々増えつつあり、特に三〇代後半~四〇代前半においては、一九八〇年に五〇万人近かったものが、二〇一二年には三〇〇万人を超えるに至っている(図11)。

 さらに所得階層別に見ると、低所得の若者ほど、実家に住んでいる比率が高いことがわかる。経済面、生活面すべてを親に依存する〝パラサイト・シングル〟や優雅な独身ライフを謳歌する〝独身貴族〟とは異なる層であることが想像できるだろう。

 二〇一四年、ビッグイシュー基金は、年収二〇〇万円未満の若年シングル男女(四〇歳未満、学生は除く)の住まいに関する調査を実施した(有効回答数一七六七人)。そのうち四人に三人(七七%)は親と同居していることが明らかになった。就労形態を見ると、正社員は八%に留まり、無職三九%、パート・アルバイト三八%、契約・派遣社員九%、自営業・自由業六%と続く。

 この結果からも仕事が不安定な若者にとって、親との同居が表向きにはセーフティネットとして機能していることがわかる。「親の家があるから働こうとしないんだ」「いつまでパラサイトする気だ」といった批判の声もあるだろう。しかしこの調査では、親をはじめ同居家族との関係についてまで知ることはできない。

パラサイト・シングルの凋落

 同調査では、親との同居率は男女でほとんど変わらなかった(男性七八・四%、女性七六・四%)が、年収二〇〇万円未満の若年男性の八割近くが親と同居しているという事実はインパクトがあるだろう。

 凶悪事件の容疑者が「無職」「若年男性」「実家暮らし」であった場合、彼らと家族に対する強烈なバッシングが吹き荒れることがある。実際、事件と関係なくても容疑者として真っ先にマークされる場合があるという。安定した職に就かず、実家に暮らしている若年男性に対するネガティブな印象は強く、それだけで犯罪者扱いされかねない現実があるのだ。

 一方、女性は男性に比べ、無職であることや実家に住んでいることに対して社会の批判にさらされることは少ない傾向にある。かつては「実家に住んでいること」を好ましい条件と捉え、それが就職や見合いの条件になることすらあった。金融機関などでは、〝横領〟を防ぐため、「身持ちのいい実家暮らしのお嬢様」が理想だったという──その発想自体、女性蔑視そのものであるが──そんな時代がつい最近まであったのだ。また無職であっても、「花嫁修業」や「家事手伝い」として片付けられ、問題視されることはなかった。

 バブル期以降、経済的にゆとりのある独身OLたちは、ファッション、旅行、飲食などに費やす金額が最も多い、可処分所得の高い存在として脚光を浴び、マーケティングやコマーシャルの世界でも常に中心的存在であった。

 一九九七年には社会学者の山田昌弘が、学校卒業後も親と同居する独身男女を「パラサイト・シングル」と名付けた。親を宿主として寄生し、経済的に依存。料理、洗濯、掃除といった生活全般を頼り切っている人もいる。結婚した場合、親元にいる時と同等の生活水準を維持できないため、それが未婚化や晩婚化に繫がっているのだと批判された。

 しかし、冒頭で紹介したように、今や優雅なシングル・ライフを謳歌するためではなく、経済的に一人暮らしを維持できないため、実家に住まざるを得ない人が増加。親の経済的困窮や介護の必要性などから、同居を選択している人も少なくない。いわゆるパラサイト・シングルの数は増加の一途をたどっているが、その存在と言葉の持つ意味合いは大きく変化してきているのだ。

 男女とも、未婚化、晩婚化が進んでいる。九〇年代、五%台で推移していた女性の生涯未婚率は、二〇一〇年には一〇%(男性は二〇%)台に達している。女性の初婚年齢も上がっており、一九八〇年に二五・二歳だった女性の平均初婚年齢は、二〇一四年には二九・四歳まで上昇している。

「いずれ結婚して家を出るだろう」と思われていた未婚女性たちは、三〇歳を過ぎても家を出ていかない。未婚化、晩婚化を背景に実家暮らしがかつてないほどに長期化、無期限化している。その結果、親をはじめ、実家に暮らす家族との関係がうまくいかなくなるケースも少なくない。それでもほかに行き場はなく、実家といういびつなセーフティネットにしがみつかざるを得ない女性たちもいる。

実家は針のむしろ

 派遣社員の羽鳥たまきさん(三六歳)は両親と妹の四人で暮らしているが、家族との関係がうまくいかず、思い悩んでいる。正社員の仕事を求めて就職活動中だが、なかなか採用に繫がらない。

「今の世の中、一度非正規になってしまうと簡単に正社員には戻れません。三五歳を過ぎたころから一段と厳しさを感じるようになりました」

 羽鳥さんは理系の大学を卒業し、設計事務所に総合職として入社。東京の事務所で、男性と肩を並べて働いていた。しかし、残業で毎日終電で帰るような生活にメニエール病を発症して退職。その後、事務やコールセンター等の派遣、デザイン会社、映像関係の技術職など、さまざまな職場で働いてきた。しかしいずれも、契約満了や上司からのパワハラ、統廃合によるリストラなど、数年で辞めざるを得なかったという。現在働いている派遣事務も半年契約で入ったが、部署の閉鎖が決まったため、契約が短縮されてしまった。

 仕事が途切れてしまう期間が一番つらいと羽鳥さんは言う。

「親が厳しくて、とにかく家にお金を入れろと言われます。妹にまで私はちゃんと入れているのに不公平だと責め立てられて……。仕事が切れた時は、スーパーのデモンストレーションの日雇いバイトをして家に入れるお金を作っています」

 仕事がない期間は日中も家にいるしかないが、針のむしろ状態で心休まることがないと言う。

「母からの干渉がきついんです。外で働け、家にお金を入れろというわりに、就職活動で帰りが遅くなったりするとものすごい勢いで怒る。少し前に、ふさぎこんでばかりではいけないとマラソンを始めたんです。母は最初は応援してくれていたのですが、ある日突然、いい年して嫁にも行かず、仕事もせず、実家にいる人間がマラソンだなんてみっともない。すぐにやめなさいと言いだして……」

 突然態度が豹変する母のことが子どものころから怖くてたまらなかった。母との関係に悩み、ついにはめまいや吐き気で自室から出ることも困難になった羽鳥さんは心療内科を受診。医師に実家からの独立を勧められたという。

「ずっと前から家を出たい、母から離れたいと思ってきましたが、途切れ途切れの派遣しかない現状では一人暮らしをすることはできません。それでも何でも飛び出してしまえばいいのでしょうけれど、一度も実家から出たことがないので不安が先に立ってしまうんです」

1章 家族という危ういセーフティネット(2)

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