「社会制度によって女性が分断されてしまっている」
女性活用を妨げるものは何か? 企業や国の両立支援はなぜうまくいかないのか? 日本で女性が活躍するために何が必要か提言する。

1章 高学歴女性が仕事を辞める本当の理由

 日本の女性の労働力率は30代で一時低下する。これをアルファベットのMにたとえて女性のM字型就労と呼んでいる。かつてM字就労は先進国に共通に見られた現象であったが、いまでは日本をふくむ少数の国でのみ見られる現象になっている。

 就業率の落ち込みは、女性の結婚や育児期にみられることから、出産後も就業が継続できるような職場の環境作りが、女性労働政策の柱のひとつとなってきた。

 ところが最近になって、高学歴の女性が離職するおもな理由は、結婚や出産よりも、仕事への不満や行き詰まり感にあるという調査結果が発表され、話題になっている。

 なぜ高学歴女性は離職するのか。高学歴女性のキャリア形成や就業に関する意識を探ってみよう。

1 高学歴女性が離職する本当の理由

 女性の専業主婦願望とともに日本の女性労働者の特徴として論じられるのが、結婚や出産における女性の離職率の高さである。また、これを反映して、年齢階層別にみた女性の労働力率がM字の形をしている。

■日本の女性労働者のM字就労の実態

 図11は年齢階層別にみる女性の労働力率である。これをみると、欧米の女性の労働力率には、日本の女性にみられるような30代での落ち込みがみられない。

 また、女性の世代ごとの労働力率を見ると、若い世代ほど、M字カーブの2つの山が高くなると同時に谷が浅くなり、かつ、谷が右方向にずれていることがわかる(図12)。若い世代の晩婚化・晩産化の傾向がここに反映されている。しかし、依然として30代の前半には労働力率の落ち込みがみられる。

 このように集計データをみるかぎりではM字就労パターンに変化がみられない。もっとも最近の研究結果をみると、両立支援の効果によって、出産後も就業を継続する正社員の女性がふえている(労働政策研究・研修機構、2011)。しかし、それは社会全体の女性の就労パターンを大きく変えるほどの変化にはなっていない。

■先進国の女性の離職の実態

 とはいうものの、欧米の女性たちが、出産などで就業を中断しないというのは誤解である。仕事と家庭をどううまく両立させたらいいのかという、いわゆるワークライフバランスの問題は、日本を含めた先進国の働くカップルに課せられた共通の課題である。

 年齢別の女性の労働力率が台形の形をしているアメリカやフランスのような国でも、より詳細なデータ(個人データ)を用いると、子供の数が多くなるにしたがって女性の就業率が減少するという傾向がはっきりみられる。

 日本女子大学現代女性キャリア研究所(RIWAC)が201212月に主催した「女性の再就職支援と大学の役割──国際的経験の交流──」では、海外の高学歴女性の就労の実態が報告された。そこから浮かび上がったのは、海外でも育児や夫の転勤などで離職する女性は多いということであった。

 たとえば、バージニア大学ダーデン経営大学院のキャリアセンター長のコニーデイト・イングリッシュ氏は、アメリカで、MBA学位取得者の男性の2人に1人がフルタイムの仕事についていないのに対して、女性の場合には20人に1人にすぎないことを指摘している。このことがNYタイムズ紙で紹介されて以来、大きな頭脳流出がおきているとして、社会問題化されているのだそうである。「(バージニア大学のダーデン経営大学院で)女性の卒業生のうち63が雇用就業、11が自営業という結果でした。……卒業直後に、社会的に高く評価されている会社に就職していました。……しかし、卒業して10年から14年後の時点で、そのまま(継続して)仕事をしていた女性は半分以下でした。……これはダーデン経営大学院だけに限ったことでなく、すべてのビジネススクールで見られる状況です★1

 ちなみに、アメリカの若い世代で専業主婦回帰の動きがみられるとして日本に紹介されているエミリー・マッチャー『ハウスワイフ20』(2014)は、この現象について書いた本である。

 ただし、アメリカの女性たちの家庭回帰が進んでいるわけではない。NY在住で、NPOで難民の子供たちの治療を専門におこなっている友人の医師によると、いまアメリカで働いていない女性は、所得階層の一番上か一番下に属する女性たちなのだそうである。マッチャー氏が描いているのは、そのうちの上位層に属する女性たちの話であって、中間に位置するアメリカの女性たちの多くは、働いているということであった。アメリカの女性たちのあいだで家庭回帰という現象が広くみられるというわけではなさそうである。

 フランスも事情は同じである。年齢階層別にみると、アメリカの女性の労働力率を上回るフランスであるが、女性の労働力率は子供の数がふえると顕著に減少する傾向にある。国立応用科学院ストラスブール校のシャーリーン・ミレー氏によると、専門職についているフランス女性の28が第1子出産後1年たったあとに職場に戻っておらず、第2子になるとその割合は45に増加し、第3子では62にものぼるという★2

 つまり、自分に(教育)投資をして学位を取得したにもかかわらず、先進国でも、第2子や第3子の出産とともに一時離職する女性はめずらしくない。しかし、同時に、高学歴の女性ほど、中断期間が短い。

 このように先進国でも子供の数がふえると女性の離職率は上昇するとはいうものの、全体でみると、就業率に落ち込みがみられないのは、(1)日本に比べて就業を中断する女性が少ないこと、(2)結婚や出産の時期に個人差が大きいために、その影響がデータには表れにくいこと、(3)在宅勤務や短時間勤務など、仕事の時間と場所が選択しやすいこと、さらには(4)再就職の労働市場が整備されていること、などの理由がある。

 つまり、多様な女性のライフスタイルや働き方の希望に合わせて、それが選択できる社会が作られていることが、女性の就業形態をM字から台形型に変化させているのである。

■日本の高学歴女性の離職理由

 いまみたように、日本の女性労働者の就業パターンはM字を描いている。ここから、女性労働者の離職理由の第1位は、「結婚や育児のため」であることが推察される。

 ところが、アメリカのシンクタンク、センター・フォー・ワークライフポリシー(Center for Work-Life Policy(現Center for Talent Innovation))が2011年に高学歴の女性を対象とした調査結果によると、ドイツやアメリカの女性たちの多くが、育児を理由に離職していたのに対して日本の女性たちは、仕事への行き詰まりや不満を離職のおもな理由としていた★3。 もっとも、自発的に離職している女性の割合は、日本では74に対して、アメリカでは31、ドイツでは35と、日本においてその割合が高くなっている。

 女性の離職理由を、(1)家族、コミュニティ、社会全体から発する〝プル(家族関連)要因〟と(2)仕事に関連する〝プッシュ(仕事関連)要因〟とに分けて、日米で比較したのが図13である。

 これをみると、アメリカの女性では育児を離職の理由にあげているひとが74もいるのに対して日本の女性は32と低くなっている。他方、プッシュ要因である仕事関連の理由をみると、仕事への不満があったと答えた日本の女性は63であるのに対して、アメリカの女性は26にすぎない。また、仕事に行き詰まりを感じていた女性は日本では49もいるのに対してアメリカでは16と低い割合になっている。

 報告書では、さらに、40歳以上の大卒女性には子供がいない女性が多く含まれていることを指摘している。「日本の女性が仕事を辞める理由として一般的にいわれているのが、育児の問題でしょう。しかし、米国とは異なり、日本では育児がメインの理由ではありません。また、40歳以上の大卒女性の43に子供がいない、ということもここで挙げておくべきでしょう。研究対象の半数にとって、育児は問題ですらないのです★4

 つまり、日本では高学歴の女性の離職率が高いだけでなく、その主な理由が、女性に十分な能力開発の機会を提供していない企業側にあるということである。

 この調査結果をもとに、イギリスの経済誌『エコノミスト』では、「人材浪費大国ニッポン」と題する記事を掲載し、「日本企業は慎重に紙をリサイクルするが、女性の能力を無駄にしていることには無頓着だ」と、日本企業の女性活用のあり方を批判している(『エコノミスト』2011115日号)。

 この記事には、大きな反響があり、インターネット上でも議論が盛り上がると同時に、海外のジャーナリストによっても引用されている。

第1章 高学歴女性が仕事を辞める本当の理由(2)

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