医療現場で「非合理な意思決定」が行われるメカニズムとは
医療現場での「決められない」「先延ばし」はなぜ起こってしまうのか? 行動経済学を用いて理論的背景とその解決策を示す。
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1部 医療行動経済学とは

主治医「胸に水が溜まって呼吸が苦しいのだと思います。以前にも申し上げましたが、心臓が弱ってきています。」

患者(少しゼーゼーしながら)「トイレに行くのも大変だったので、そうだろうなと思っていました。」

主治医「抗がん治療をこれ以上することは、さらに心臓に負担をかけるので危険だと思います。抗がん治療は中止した方がよいと思います。抗がん治療は中止しても、うまく過ごすことができるように呼吸のきつさの治療は続けていきましょう。」

患者「先生、ちょっと待ってください。確かに心臓が弱っているのだと思いますが、今までも多少の抗がん治療の副作用がありましたけれど大丈夫でしたよ。抗がん治療をしないでこのまま最期を待つなんてできないです。」

主治医「がんでなくて、心臓が原因で倒れてしまいますよ。」

患者「そこを何とかならないでしょうか。お願いします。」

主治医「……。」

1 「ここまでやって来たのだから」:サンクコスト・バイアス

 診療現場では、医師と患者の双方が、相手の言っていることをうまく理解する必要がある。ここでは、いくつかの典型的な会話の事例をもとに、行動経済学的な説明と医療者の対応を紹介する。

 冒頭の会話は、がん患者と主治医の間で交わされたものである。夫と2人暮らしをしている50代の女性患者は、10年前に乳がんを患い、手術後にホルモン剤を含む抗がん治療を受けてきた。一般に抗がん治療は、ある種類の治療で新たな転移が身体内に出現したら、別の種類の治療薬に変更していくという経過をたどる。この患者は、10年にわたって、新たな転移が身体内に出現するたびに別の種類の治療薬に変更し、今では8種類目の治療薬を投与されている。これまでに抗がん治療によっては、身体のだるさで数日間寝込んだり、関節の痛みでつらかったこともあった。しかし、抗がん治療の種類を変えるたびにがんは小さくなり(がんが消えることはなかったが)、スーパーのレジの仕事を続けながら、10年間病院に通い治療を頑張ってきた。ところが、ここ数か月、抗がん剤の種類を変えてもがんは進行し、さらに持病の心臓の病気の悪化のため、夫に連れ添われ車いすで通院していた。

 ある日の来院の際にさらに心不全が悪化しこの患者は入院することとなった。その翌日、主治医から患者に病状説明があったときに交わされたのが冒頭の会話である。

 主治医は、患者とこの10年間を振り返り今までの苦労をねぎらいつつ、抗がん治療の中止に対する不安感を傾聴した。そして、長男・次男とともに家族全員の前で病状を説明する場をもうけ、抗がん治療を続けた場合と続けなかった場合のこれからの過ごし方のイメージについて具体的に話した。

 この患者が抗がん治療をやめたくない理由に、10年間もつらい治療をして来たのに、それを中止すると、治療が無駄になるという思いがある。これは、行動経済学でサンクコストの誤謬と呼ばれているものの一つである。サンクコストとは、埋没した費用という意味で、過去に支払った費用や努力のうち戻ってこないもののことを言う。例えば、払い戻しと転売が不可能なチケットを購入した場合、その費用はサンクコストである。後からより魅力的な予定が入ってきても、すでにチケットを購入していたからという理由で、コンサートや旅行を選ぶということをしがちである。しかし、チケットを使うと費用が取り戻せるように思うのは間違いで、チケットを使わなくても、使っても、過去に支払ったチケット代が戻ってくるわけではない。本来あるべき選択は、チケットを使ったときの満足度と別のことをしたときの満足度だけを比較して、より満足度の高い方を選んで行動を決めるというものだ。

 この患者の場合、10年間の抗がん治療をしたという事実は、これからの治療法を選択する際に医学的には全く無関係な状況になっている。しかし、ここまで治療してきたのだから途中でやめるのはもったいない、という感覚を患者がもっている。過去の抗がん治療はすでにサンクコストになっていて、今考えるべきことは、これから先のことだけということを理解してもらうことである。

 この医師は、患者がサンクコストの誤謬に陥っていることを探り出し、患者の不安感を理解した。そして、冷静に判断できる家族とともに、治療における重要なこととして、今後の治療によるプラス面とマイナス面を説明し、抗がん治療を今後行うことで発生するおそれのあるコストを強調した。つまり、患者に対し、過去のコストよりも将来の費用と便益で考えるように促しているのである。

2 「まだ大丈夫」:現状維持バイアス

 半年前に肺がん、骨の多発転移の診断を受け、抗がん治療を受けていた60代の女性患者に新たながんの転移が見つかり、2種類目の抗がん治療を開始した。一般に抗がん治療は、ある種類の治療で新たな転移が身体内に出現すると、別の種類の治療薬に変更していくという治療経過となることが多い。この患者の場合、骨の転移も増大し疼痛が出現し始めていた。主治医は、今後、症状が悪化し生活の質が低下する可能性を考え、早いうちから症状緩和専門の医師の同時診察が適当と考え、次回受診時に予約をした。

主治医「骨の痛みが出てきましたね。今後、症状が悪化し生活に支障が出る可能性も考えて、早いうちから症状緩和専門の先生に診察してもらっておいた方がいいですよ。」

患者「先生、骨の痛みはありますけれど、新しい先生に診てもらうまでもないです。」

主治医「これから、骨の痛みが強くなることもありますよ。」

患者「新しい抗がん剤を始めたばかりですよ。まだまだ大丈夫ですよ。先生。」

主治医「……。」

 主治医は、「この患者は骨の痛みが出てきたので自身の病状が悪化していることにうすうす気づいているが、それを考えたくないのであろう」と考えた。そこで、「抗がん剤治療が2種類目になった方皆さんに一応お伝えしている」と伝え、「一旦主治医が痛み止めを出して、それでも痛みが改善しなければ専門の先生に診てもらうことにします」という提案をした。

 現在の治療法を維持したいというのは、行動経済学でいう現状維持バイアスが発生しているからと考えられる。現在の状態を変えることを私たちが損失とみなしてしまうことが原因の一つである。この場合、現状が判断基準になっているので、標準的な治療法を参照点に変えてもらうことを意図して、「皆さんに一応お伝えしている」という表現や将来の選択にコミットする形にしている。

3 「今は決めたくない」:現在バイアス

 危篤状態にある男性が集中治療室で治療をしている状況で、その患者の60歳の妻が今後の説明のために病院に呼び出された。妻は夫の病状を予想はしていたが、少し動揺して待合室で待っていた。そのとき、主治医から「こちらへどうぞ」と、看護師が同席している面談室に案内された。

主治医「ご覧になって感じておられると思いますが、旦那さんは危篤状態です。現在の状態で心臓が止まった場合、私の経験上、心臓マッサージをしても再び動き出すことはほとんどありません。動き出してもすぐにまた止まり、苦痛を増すだけになる可能性が高いと思っています。『心臓マッサージなどの延命処置を行わないで自然な形で最期を迎えることを希望する』という御家族もいらっしゃれば、『心臓が止まったとき、心臓マッサージなどの延命処置を希望する』という御家族もいらっしゃいます。御家族としての御意見はいかがですか? 旦那さんならどう思われると思いますか?」

患者の妻「今決める必要ありますか? 急に言われても決められなくて……。」

主治医「そうですね。では、明日お伺いします。もしそれまでに心臓が止まったときはそのときお尋ねしますね。」

〈そして、次の日〉

主治医「どのようになさるか決めてこられましたか?」

患者の妻「いえ、なかなか責任が重くて決められなくて……。」

主治医「……。」

 同席していた看護師は、患者の妻が悲嘆にくれ、延命処置に対する選択が重荷になっていると考えた。このため、看護師は悲嘆にくれる妻のそばでしばらく寄り添うこととした。そのうえで、このままの状態でいてほしいという思いを汲みつつ、「多くの家族が、心臓マッサージなどの延命処置を行わず、苦しくないように対応している」という医療者としての意見を伝えた。

 つらい意思決定をしなければならないということは理解しているが、それを先延ばしするという現在バイアスが発生している可能性が高い。明日までに決めてくるという医師との約束はできるが、結果的に意思決定を先延ばししているからである。

 「多くの人がこのような意思決定をしている」という表現により、同調性や自分自身の積極的意思決定ではないというデフォルトに近い手法によって、患者の妻の選択負担を減らし、より望ましいと思われる選択肢を選びやすい環境を作っている。

4 「がんが消えた」:利用可能性ヒューリスティック

 ある会社の重役を務めている50代の男性に、検診で大腸がん、肝臓の多発転移や、その他お腹の中に肝臓以外の転移も見つかった。この患者は、突然のがんとわかりショックを受けていた。医師からは、「抗がん剤を行っていくが、完全にがんが消えることはない」と言われ、今後の仕事上の不安を抱えていた。そんなとき、新聞広告に「強力免疫力アップ剤○○○を飲んでがんが消えた」と患者の体験談が具体的に掲載されていた。

主治医「来週から入院して、抗がん剤を始めていきましょう。」

患者「先日、新聞で『○○○でがんが消えた』という広告がありました。先生、知っておられます? 体験談が書いてあって、副作用もほとんどないみたいで。なので、抗がん剤はそれでもだめなら挑戦してみたいんです。」

主治医「私はその広告を知りませんが、そんなよくわからないものではなく、有効と証明された医学的根拠がある抗がん剤治療をお勧めしますよ。」

患者「でも、新聞に大きく載っていたのですよ。免疫力でがんが治るって。」

主治医「……。」

 同席していた外来看護師は、これらの発言の背景に、突然のがんとわかりショックを受けていることがあると考えた。このため、別室で不安な気持ちを傾聴し、「通常このような広告は誇大広告で、がんに対する効果は証明されておらず、ある特定の患者だけの体験談であることが多いこと、結局はがんが進行して戻ってきた患者を沢山知っていること」を伝えた。そして、新聞広告に掲載されていた錠剤が有害でないことを確認し、とりあえず抗がん剤と併用して行っていく選択肢を患者・主治医に提案した。

 このような医学的に証明されている治療法よりも、身近で目立つ情報を優先して意思決定に用いてしまうことは、利用可能性ヒューリスティックによる意思決定だと行動経済学的には考えられている。患者の意思決定を尊重しつつも、正しい情報ではないことに加えて、看護師が具体的に患者を知っているということを示すことで、利用可能性ヒューリスティックをうまく利用して表現している★1

(大竹文雄、大谷弘行) 

注・参考文献

1

★1 Fridman I, Epstein AS, Higgins ET. Appropriate use of psychology in patient-physician communication: influencing wisely. JAMA Oncol 2015, 1(6): 725-726.

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第2章 行動経済学の枠組み(1)

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