アメリカvs.中国「最も複雑なマシン」をめぐる争奪戦
アメリカと中国の「テック冷戦」。そのカギを握ると言われているのがオランダASMLホールディングが販売する巨大マシン「半導体露光機」だ。「デジタル産業のコメ」である半導体生産になくてはならない重要な技術を囲い込もうと、アメリカはオランダに対して対中輸出規制を要請。今、半導体をめぐる地政学はどうなっているのか? NYTが追う。

米中テック冷戦 オランダの「巨大マシン」包囲網を追う

 米中両国が技術覇権を目指して競い合うなか、15千万ドルのオランダ製半導体製造装置がクローズアップされている。世界的なサプライチェーン構築で優位を築くために不可欠なツールなのだ。

取材・執筆 ドン・クラーク

IBMがニューヨーク州オルバニーの施設内に設置しているASML製マシン。オランダ企業のASMLが開発・生産する露光機は半導体チップ上に微細な電子回路を描く Photo/Bryan Derballa for The New York Times

テック冷戦下で注目される巨大マシン

 サンフランシスコ発――バイデン政権と連邦議会にとって半導体が安全保障上の中心テーマとして浮上している。半導体がデジタル経済の屋台骨を支える「産業のコメ」として重要性を増すなか、技術覇権を目指す中国の存在感が高まっているからだ。

 米中が繰り広げる「テック冷戦」の行方はどうなるのか。それを占ううえでカギを握る半導体製造装置がある。オランダ・フェルドホーフェンに本拠を置くASMLホールディングが販売する巨大マシン、半導体露光機だ。

 露光機は最先端の半導体生産に不可欠であり、世界的な半導体サプライチェーンの中核に位置している。言い換えれば、どんな国でも――たとえIT(情報技術)大国のアメリカであっても――露光機なしでは半導体生産で完全自立できないのである。

 露光機は極小のシリコンウエハー(シリコン基板)上に電子回路パターンを焼き付ける装置だ。特別な光を使う点に特徴があり、量産を前提にした最新鋭機の生産は2017年に始まっている。露光機がなければ集積回路(IC)の微細化・高性能化もままならない。

 開発期間が数十年に及ぶほど複雑なマシンであるだけに、価格は1台当たり15千万ドル以上に達する。しかもとんでもなく大きい。顧客への納入時には輸送用コンテナ40個、トラック20台、大型旅客機「ボーイング7473機が必要だ。

トランプ政権の働き掛けで対中輸出ストップ

 露光機は地政学的リスクと無縁ではいられない。例えばトランプ政権はオランダ政府に働き掛け、2019年に最新型露光機の対中輸出をストップさせることに成功している。現在のバイデン政権も同様の対中輸出規制の継続を支持している。

 米ジョージタウン大学セキュリティ・新興テクノロジーセンター(CSET)の研究員ウィル・ハントは「露光機がなければ最先端の半導体チップは生産できず、露光機を生産する唯一のメーカーがASMLである状況は、中国側の視点では極めて厄介であるはず」と指摘する。

 CSETの調べによれば、中国が最新型露光機を自力で開発・製造できるようになるまでには少なくとも10年かかるという。

 半導体はコンピューターなどデジタルデバイスの頭脳に相当し、デジタル経済の土台を担っている。世界的な半導体サプライチェーンの中で見ると、ASML製露光機は戦略的な「チョークポイント」になっている。

 ASML製露光機の開発・生産体制を見ても、半導体サプライチェーンのグローバル性が浮き彫りになる。ASMLは日本やアメリカ、ドイツのノウハウや部品に広く依存しており、独自に世界的なサプライチェーンを築き上げているのだ。半導体に関する限り、一国だけで生産の完全自立を目指すのは非現実的だ。

IBM施設内でシリコンウエハーを手にする作業員。そこにはASML製マシン――115千万ドル以上――によって複雑な電子回路パターンが焼き付けられている Photo/Bryan Derballa for The New York Times

危機意識を強めるペンタゴン

 中国はもちろんのこと、「IT世界首都」シリコンバレーを抱えるアメリカも例外ではない。バイデン政権は地政学的リスクを強く認識しており、国内に強力な半導体サプライチェーンを築く計画を打ち出している。具体的には、少なくとも500億ドルの予算を手当てし、外国メーカーへの依存度を引き下げたい考えだ。

 連邦政府の中でとりわけ危機意識を強めているのがペンタゴン(国防総省)だ。アメリカの半導体産業が台湾の半導体ファウンドリー(受託製造)大手「台湾積体電路製造(TSMC)」へ依存している状況を憂慮している。台湾が中国と地理的に極めて近い位置にあるからにほかならない。

 だからといって半導体サプライチェーンの再編は一筋縄ではいかない。最大のネックは資金である。

 一国が国内に独自のサプライチェーンを築き、半導体生産で完全自立するためにはどのくらいの資金が必要になるのか。コンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループと業界団体「半導体工業会(SIA)」が今春に発表した報告書によれば、全世界で少なくとも1兆ドルが必要となるうえ、半導体やIT製品の価格も大幅に上昇するという。

 ハーバード大学ビジネススクールの経営学教授であるウィリー・シーは「一国だけで完結する半導体サプライチェーンは夢物語であり、それを裏付けているのがASMLの技術」との見方を示す。

 その意味でASMLは「過去に例を見ないほど重要な企業」(調査会社エバーコアISIの半導体アナリスト、C・J・ミューズ)といえる。もともとは知る人ぞ知る企業であったにもかかわらず、今では株式時価総額2850億ドルを誇るほど投資家から高く評価されている。

ASML製マシンは巨大であり、顧客への納入時には輸送用コンテナ40個、トラック20台、大型旅客機「ボーイング7473機が必要になる Photo/Bryan Derballa for The New York Times

「ムーアの法則」に欠かせない露光機

 ASMLは1984年にオランダで生まれた。同国のエレクトロニクス大手フィリップスと半導体製造装置会社ASMインターナショナルの合弁事業としてスタートし、その後独立。今では露光機――「リソグラフィー(露光)」と呼ばれる技術を取り入れている――の分野で圧倒的な市場シェアを握っている。

 特別な光をシリコンウエハー上に何度も投影し、複雑な電子回路を描き込むプロセスに使われる露光機。電子回路の微細化に欠かせない装置であるため、半導体の性能を左右する。いわゆる「ムーアの法則」の有効性を維持するために無くてはならないマシンといえよう。

 半導体大手インテルの共同創業者ゴードン・ムーアが提唱した「ムーアの法則」は、半導体技術の進歩に関する経験則だ。これに従えば、微細化技術の改良によって半導体の集積率――ICチップ上のトランジスタ数――は18カ月ごとに2倍になる。集積率が上がれば上がるほどICチップはより強力になり、より多くのデータを保存できるようになる。

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