中国のプロパガンダに協力する97個の偽アカウント
中国女子テニス界のスター選手である彭帥が、ソーシャルメディア上で共産党有力者による性的暴行を告発した。中国当局はただちにその投稿を削除し火消しに奔走。だが、彭自身も公の場から姿を消したことから、ツイッターでは「#WhereIsPengShuai(彭帥はどこ?)」というタグが世界中を駆け巡る事態となった。それに対し中国側は、本人が書いたとされる「性的虐待はなかった」「放っておいてほしい」など、あからさまなやらせのメッセージをネットに公開。事件を通じて見えてきた、中国のプロパガンダ手法の全貌とは?

彭選手の性的暴行被害を消し去った中国当局情報操作の実態

中国ではインターネット上で政府にとって不都合なニュースが流れると、検閲当局が直ちに動き出す。

彭帥 Photo/Getty Images

取材・執筆 ポール・モーザー、ムイ・シャオ、ジェフ・ケイオウ、グレイ・ベルトラン

告発相手は前副首相

 中国女子テニス界のスターで著名アスリートである彭帥(ポン・シュアイ)も検閲当局に狙い撃ちされた。ソーシャルメディア上で有力者による性的暴行を告発すると、たったの20分で当局の介入を招いたのだ。告発相手は前副首相の張高麗――中国共産党元政治局常務委員――だった。

 彭の性的暴行告発は、外部からは見えにくい中国政治機構の中枢にまで届いた。だからこそ中国政府は即座に反応し、総力を挙げてもみ消しに走るとともに、大々的なプロパガンダを開始したのだ。過去の成功モデルに頼ったといえよう。201920年に香港の民主化デモに直面したときにも、同時期に新型コロナウイルスの発生に翻弄されたときにも、検閲システムをフル稼働させて政治危機を乗り越えている。

 われわれ――本紙とプロパブリカ――が共同で実施した調査によれば、彭の告発を受けて中国政府が打ち出したプロパガンダ戦略は多岐にわたる。第1に、ネット検閲を強化して告発への言及をほとんど消し去った。第2に、多くの人が意見交換できるデジタル空間を制限した。第3に、国営メディアの有力コメンテーターを動員して海外からの批判に対抗した。第4に、多数の偽ツイッターアカウントを作成して国営メディアのナラティブ(語り)を支援した。

 プロパガンダ戦略は必ずしも成功するとは限らない。高度に洗練されている場合もあれば、稚拙で粗削りである場合もある。今回について言えば失態をさらしている。

張高麗 Photo/Getty Images

中国国内では彭選手の痕跡が消し去られる

 彭が性的暴行告発を行った場所は中国版ツイッター「ウェイボー(微博)」。告発を受けて検閲当局は間髪入れずに動いた。彼女の投稿を削除しただけでなく、告発に言及する無数の投稿も一網打尽に消し去ったのだ。同時に広範なネット監視網を張り、言論空間全体にも制限を設けた。さまざまなトピックを規制対象に加え、一時は「テニス」さえも話題にできないようにしていた。

 異常事態である。カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執り、ネット上の「言論の自由」をテーマにしている研究者シャオ・チャンによれば、彭の告発に絡んで中国当局が使用禁止に指定したキーワードは数百語に上った。これほどの数のキーワードが使用禁止にされるのは、1989年の天安門事件のように政治的に極めて微妙なトピックに限られる。

 検閲当局は巧妙な仕掛けも使った。ネット上で彭への言及をあえて少しだけ残すとともに、彼女のウェイボーアカウントがネット検索に引っ掛からないようにしたのだ(ただしアカウントの凍結は回避した)。一方で、ウェイボー上で彼女が過去に行った投稿に加え、彼女に言及している無数の投稿のコメント機能を無効にした。このようにすることで、ネット上で彼女の痕跡を残しつつ、告発についての議論を封じ込めたわけだ。

 これまで中国政府と敵対したセレブやスポーツ選手、知識人は違う扱いを受けてきた。ウェイボーアカウント閉鎖という形で発信の場を奪われているのである。

 なぜ彭の場合は違うのか。彼女は告発直後からすでに大きな注目を集めていたし、中国政府を直接攻撃したわけではないから――これがシャオの見立てだ。そのため、中国政府はネット上から彼女の存在を完全に消し去るわけにはいかなかった。

海外でも積極的な反撃に出た中国政府

 中国政府は自国内では気に入らない言説をネット上から抹殺できる。だが、海外ではそうはいかず、異なるプロパガンダ戦略を採用している。

 中国国内で大きな政治スキャンダルが発生すると、当然ながら海外でも関心が高まる。その場合、中国政府はだんまりを決め込み、国際世論の関心が薄まるのを待つ。これが通常の戦略だ。

 今回は違う。中国政府はだんまりを決め込むのではなく積極的な反撃に出たのである。

 当然だろう。彭が公の場から姿を消すと、ハッシュタグ「#WhereIsPengShuai(彭帥はどこ?)」が世界のソーシャルメディア上を駆け巡ったのだから。失踪から2週間近く経過して女子テニス協会(WTA)のほか、一部のスター選手が声高に懸念を表明したためだ。スター選手の中には大坂なおみやノバク・ジョコビッチが含まれた。

 中国側が反撃の手段として使ったのは、国営放送局の海外向けチャンネル「中国国際テレビ(CGTN)」だった。彭が書いたとされる電子メールのスクリーンショットをツイッターへ投稿し、海外からの批判に反論する材料として使ったのである。電子メールの中で彼女は「性的虐待はなかった」「放っておいてほしい」などと書いている。

 ただ、中国側の思惑通りにはならなかった。電子メールは新たな疑念を生み出し、むしろ不安を高める格好になったのである。電子メールのメッセージが大げさであったうえ、文章中にカーソルが見えたからだ。海外では「いったい誰の文章なんだ!」といった指摘が相次いだ。

明らかにやらせの写真・動画、突っ込みどころ満載

 国際的批判への反論で中国側が多用するのが写真・動画だ。例えば、新疆ウイグル自治区でイスラム教徒のウイグル族を弾圧していると指摘されると、中国政府はネット上に無数の動画を流すキャンペーンを展開。動画の中では自治区内のウイグル族が登場し、口をそろえて弾圧を否定するのである。

 彭の告発に際しても中国政府は同様の手法を採用した。ただし今回はあまりにも露骨だった。彼女が公の場から姿を消している事実さえ認めずに「何も問題は起きていない」と主張したのだから。使われている写真・動画は明らかにやらせであり、突っ込みどころ満載。結果として海外では中国政府への不信感が一層高まった。

 国営メディア経由で最初に表に出たのは彭の写真数点だ。CGTNの記者によってツイッター上に投稿され、どれも彼女が平和に過ごしている様子を示していた。出所は彼女が個人的に使っているメッセージアプリ「ウィーチャット(微信)」だという。

 写真数点のうち2点では、彭は部屋の中で多数のぬいぐるみと1匹のネコと一緒にいる。われわれが独自にぬいぐるみやネコ、背景を分析したところ、彼女が以前にネットへ投稿した写真の内容と一致している。その意味では信憑性がある。ただし、いつ、どこで、誰が撮った写真なのかは不明だ。

 次にプロパガンダを買って出たのは中国共産党機関紙「環球時報」の編集長、胡錫進だ。ツイッター上に動画数点を投稿し、北京市内のレストランで彭が友人らと会食する様子を見せた。動画の中では中国の主要テニス大会主催者が登場し、翌日――1121日――の大会開催にはっきりと言及している。

「芝居じみた動画を次々にアップ」

 実際に翌日になってどうなったのか。朝一番で中国国営メディアの記者が一斉に彭の写真・動画を投稿したのである。そこにはジュニアテニス大会に参加する彼女の姿が映っていた。

 すべての動画がかなり編集されているのは明らかだった。当然ながら中国政府に対する批判は収まらなかった。

 ニューヨーク在住のビジネスマンで中国語ニュースサイト「ミラー・メディア・グループ」のオーナーでもあるピン・ホーは言う。「中国政府は現実から目をそらし、芝居じみた動画を次々にアップしている」

 彼の見立てでは、中国のプロパガンダ戦略は火事現場でガソリンをまく消防車と変わらない。あまりに穴だらけであり、事態を悪化させるだけだという。「自分が誘拐されて人質になっているとしよう。にもかかわらず自由に生活していると政府により発表されたら? とんでもなく恐ろしいと思うのではないか」

 われわれは中国外務省と中国サイバースペース管理局(CAC)に接触し、コメントを求めた。しかし前者はコメントを拒否し、後者は反応しなかった。

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