「田中角栄研究はまぎれもなく私の作品だった」。立花隆 調査報道の金字塔
首相の座が金で買われ政治が金で動かされていった戦後保守支配体制下最大の構造的腐敗の暗部を、厖大な取材データの分析で実証する。

PART I

田中角栄研究──その金脈と人脈

『文芸春秋』昭和四十九年十一月号

政治資金にはオモテとウラがある

 いまさら、田中首相の金権ぶりについては多言を要しまい。巷間伝えられるところによれば、総裁選では三十億~五十億円を使ったといわれ、参院選では五百億~一千億円を使ったといわれる。また参院選後の第二次角福戦争では、党内を固めるために十億~十五億円のお中元を配ったといわれる。

 話半分としても、われわれ庶民には想像を絶する金額である。史上空前の金権選挙をやったといわれる糸山英太郎氏も、この金権ぶりの前には顔色なしであろう。

 それにしても、これだけ金をバラまくからには、それだけの金がなければならない。それはいったいどこから出てくるのだろう。こんな素朴な疑問が生まれてくる。しかし、この素朴な疑問に答えることは容易ではない。その理由はいろいろある。

 第一に、これは田中首相の政治資金にかぎられたことではないが、政治資金にはオモテ金とウラ金の世界があることだ。オモテ金とは、政治資金規正法の定めるところに従って、政党・政治結社が集めて費消したとして、自治省に収支報告がなされているものである。四十七年度については、自民党、派閥、議員の後援会などの集めた政治資金は約二百六十億円にのぼる。ウラ金のほうは、こうした形では世人の目に決してふれることのない、ヤミで集められ、ヤミで配られる政治資金のことだ。金額では後者のほうがはるかに巨額である。しかし、ウラ金の世界は、その世界に接しているきわめて少数の人間しか、その内実を知らない。外部には、その周辺の人間から、ときどきチラチラとウワサ話としてもれ出るだけである。

 それがときどき、なんのはずみか(たいていは権力闘争の副産物としてなのだが)、オモテ沙汰になってしまうことがある。昭電事件、造船疑獄、吹原産業事件、田中彰治事件、共和製糖事件などなど、史上有名な疑獄・汚職・脱税・恐喝・経済犯罪事件は、ほとんどすべてが、このウラ金づくりにまつわる事件である。

 つまり、ウラ金とは、それがいったんオモテに出れば、犯罪を構成し、当事者の政治生命、社会生命を奪ってしまうような性格のものであるがゆえに、オモテに出ずウラにとどまっている金なのである。

 であるから、当事者(つまりいまだ露顕しない犯罪の共犯者たち)は、口が裂けても、そのウラ金づくりの真相を語らない。

 政治資金のウラ金、オモテ金両面にわたって、一番事情に詳しいといわれる経団連専務理事の花村仁八郎氏は、つねづね、

「ボクが回想録でも出せば、確実にライフル銃で狙われるね」

 と語っているそうである。実際、消された人もいる。もし真相が明るみに出れば、池田内閣がつぶれたろうといわれる〝りゆう川ダム汚職〟のカギをにぎっていた総理秘書官の中林泰夫氏は奇怪な〝事故死〟をとげている。また、この事件で衆院決算委員会の証人にたった倉地武雄氏も怪死をとげている。

 これだけ厳重にとくされているウラ金だから、いったん疑獄事件などで明るみに出ると、人はそのあまりの巨額さに驚かされる。例えば、共和製糖事件では四十数億円のニセ領収証が発行され、オモテの金がウラの世界に消える。吹原産業事件では二十億円が消える。

 こうした形で、明るみに出たウラ金は、もちろん、ウラ金全体のごくごく一部でしかない。

オモテ金がトンネルをくぐるとウラ金に化ける

 では、いったい全体、ウラ金の総体はどれくらいあるのだろうか。もとより、そんなことは正確に知りうべくもないが、長年にわたって政治資金問題を執念深く追い続けている日本国政調査会の武市照彦氏は、こんな推定をする。

「自治省に届けられた収入を、派閥ボスの場合は、田中派を十倍、他の大派閥を七倍、中小派閥を五倍、他の議員個人の後援会については三倍にしてみると、ほぼ政治資金のウラオモテ総額になるとみてよいでしょう」

 この言に従って計算をしてみると、四十七年度中の政治資金総額は、なんと九百億円近いことになってしまう。オモテに出ていた数字は二百六十億円であるから、ウラ金はオモテ金の二倍半ということだ。これは、そう見当はずれの数字ではあるまい。というのは、自民党代議士の場合、〝陣笠クラス〟でさえ、選挙のない年で年間三千万から五千万円の日常活動費を必要としているからだ。代議士だけで四百人を越え、代議士予備軍としてすでに政治活動をしている者も数えれば、五百人を越す政治資金消費者がいる。全員が〝陣笠クラス〟としても、これだけで二百億円からの政治資金が必要になるのだ。

 ところがこの年は、二当一落選挙(二億で当選、一億で落選)といわれた衆院選挙があり、自民党からは三百三十九人も立候補している。これだけで軽く六百億円はかかったはずだ。補欠選挙が七つ。知事選挙が七つ。それに十大市長選まであった。

 自民党が自治省に提出した党本部の収支報告書をちょっとのぞいただけでも、こうした選挙の恐るべき金のかかり具合がすぐにわかる。例えば、七月におこなわれた岡山県知事選の場合、投票日前一ヵ月間に支出された党本部から岡山県支部への補助金の項目だけで九千万円を越えてしまうのである。これからおしても、衆院選の〝二当一落〟は決して大げさな表現とはいえないだろう。

 それにもちろん、この年は田中総裁を誕生させた、例の総裁選挙があった年であることを忘れてはいけない。

 以上のようなこの年の政治資金の消費需要からおして、さきほどの推定がおかしくないことがわかろう。

 一方、政治資金の作られ方からいっても、オモテ金が政治資金のきわめて一部でしかないことは、たちどころにわかる。私の友人で、ある一流銀行の中枢部にいる男と、公認会計士をしている男とが、この点を次のように解説してくれた。

 大企業では二重帳簿でウラ金を作ることは、技術的にほとんど不可能。したがって、政治献金はおおむね寄付金として処理される。交際費での処理も可能であり、現実にそれがかなりおこなわれていることは、後に述べる私たちの調査からも判明した。

 しかし、その寄付金は必ずしも直接、政治家、政治団体への寄付金として帳簿上処理されているわけではない。世の中には得体の知れない研究所、財団法人、団体などが無数にあって、政治献金のトンネル機関の機能を果たしている。

 巨額の献金、うしろめたいところがある献金はこうしたトンネル機関の間を回転させて、小口に分割して届けられる。したがって、企業の帳簿の上では政治献金は少ないようにみえても、実は意外に多い。企業にとっては、あくまで営利が第一の目的だから、もうからないような寄付(普通の人のイメージにある普通の寄付行為)はほとんどやらない。企業の寄付の大部分は、儲かる寄付、見返りが期待できる寄付で、その多くは政治献金である。

 そこで、四十七年度の税務統計を調べてみると、なんと七百六十億円もの寄付金が企業から支出されている。そのうち百五十七億円は、非課税限度額を越えているので有税で寄付されている。この分は特別の見返り期待ということができる。少なめに見積って寄付金の半分だけが政治資金にまわったとしても、それだけで、前に述べたオモテ金を上回ることになってしまう。

 以上の寄付金という名目による政治献金は出す側ではオモテ金ということができる。しかし、これが必ずしも受け取る側のオモテ金として処理されるわけではない。第一に、政治家個人に献金された場合には、政治家は届出の義務がないから、ウラ金として使える。第二に、よほど巨額のものでないかぎり、政治団体の帳簿と企業の帳簿がクロスチェックされることはないから、政治団体側はいかようにでもそれを処理できる。この処理のメチャクチャぶりの実例は、私たちの調査結果から後述する。

ウラ金づくりの有効な手段は株と土地

 寄付金としては処理されないもう一つの政治献金の仕方がある。それは、取引を利用することだ。最も多くそれに利用されているのが、株と土地。

 株は、普通の会社なら、額面または時価より安く株をゆずってやり、時価で売らせる。新規上場株、増資新株、時価発行株などは、額面と時価が極端にちがうから、億単位の金が簡単にできる。最近、殖産住宅事件の東郷民安氏が、公判で、

「中曾根通産相から、『殖産住宅が上場するそうだが、新規上場は儲かると聞いている。二十五億円ぐらい調達できないか』と依頼された」

 と陳述したのは、こうした金の作り方の一例を示すものである。

 証券会社なら、もっと簡単に、株で金を作ってやれる。政治家に安値で株を買わせ、市場に大量の買いを入れて、値を大きく上げさせ、高値で売り抜けさせる。選挙、総裁選前後などには、必ずといってよいほど、異常な値動きを示す銘柄がいくつか出てくる。その場合、一日に百万株単位の売買がおこなわれ、ときには一日で一千万株以上動くことがある。百円くらいの値ザヤが短時日に出ることはザラにあるから、億単位の金が簡単にできるわけだ。

 土地も、株と同じように、安く買い高く売ることによって、簡単に資金づくりができる。売買差益が坪千円になることなどザラにある。すると、十万坪の土地があれば、一億円の差益が出るわけだ。

 株によって作られた資金は、職業的に株の売買をしていなければ、税務署に申告の必要がないから、全くのヤミ金となる。土地の場合は、個人で売買しないで、自分の分身のような会社を作ってその会社にやらせる。

 不動産業界には、土地をころがしあって地価をつり上げていくのだけが目的のような、怪しげな不動産会社がたくさんある。その中には、政治家が自分の資金づくりのために作り上げたものがかなりある。

 株、土地のほかに、企業の資材、製品などを安く売って、それを自分のところの子会社でまた高く引き取ってやって、サヤを取らせるというウラ金づくりの手法もある。

 以上は企業の側からいえば、オモテ金と見せかけたウラ金ということができるが、もちろん、このほかに百パーセントのウラ金、つまり、帳簿操作で浮かせた企業のウラ金をまわすということもある。日通事件や共和製糖事件で明るみに出たのは、こういうウラ金である。

 前に述べたように寄付金という主柱だけで政治資金のオモテ金以上になってしまうのだから、こうしたウラ金づくりのあの手この手で生み出される金を加算して考えてみれば、前の政治資金推定額が、決して大げさなものでないことがわかっていただけるだろう。

田中角栄研究──その金脈と人脈(2)

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