ロシアの最高権力者として君臨した22年間で、プーチンはどう変わったか?
2001年、ロシア大統領就任の翌年にドイツでおこなった演説で、自由と民主主義を標榜し、東西融和を唱えたプーチンは、西側に開かれた新世代のリーダーとして歓呼の声で迎えられた。だがときとともにその外交方針は「西側との協調」から「西側との対決」へと変わっていき、ついに世界を驚愕させるウクライナ侵攻へ突き進むことになった。プーチンがロシアの権力の座にとどまり続けた22年間とは一体どのようなものだったのか? ロシアをとりまく、政治、経済、外交。さらにプーチン自身のパーソナリティをもとに、その変遷を明らかにする。

ウラジーミル・プーチン、偉大なリーダーから独裁者へ転落する22年間の軌跡(下)

20082月、コソボ共和国の首都プリシュティナ。セルビアからの独立を祝って喜ぶ市民(Andrew Testa for The New York Times)

「9.11」後に最初にブッシュに電話したリーダー

 プーチン政権初期を振り返ってみよう。西側はロシアを必要としていた。石油やガスを大量に保有する資源大国ロシアに期待したのではなく、「テロとの戦い」で一致団結する潜在的同盟国ロシアに期待したのである。

 決して不自然ではなかった。2001年のアメリカ同時多発テロ「9.11」を受けて米大統領ブッシュに最初に電話したリーダ…

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