「新しい日常」で、「ブラック」を終わらせるために
『アベノミクスによろしく』著者最新! 仕事に殺されるリスクがある国の現実

1章 悲惨な現状 ─世界はこんなに働いていない

日本人はどれくらい働いているのか

 まずは民間企業の労働者について、現状を把握する。年間総実労働時間について見てみよう(図11〔*1

 労働時間の短いパートタイム労働者の割合が増えた影響で、パートタイム労働者を含む総実労働時間を見ると、緩やかに減少してきている。しかし、所定外労働時間は減っておらず、平成222010年あたりから増えていき、平成262014年以降はほぼ横ばいである。

 ではこれを就業形態別にみるとどうなるだろうか(図12〔*2

 就業形態別で見ると、一般労働者(パートタイム以外の労働者)の総実労働時間はずっと横ばいで変わっていない。おおむね2000時間程度である。ただ、私はこの労働時間が実態を表しているとは到底思えない。なぜなら、法律の欠陥が大きく影響し、会社が正確な労働時間を記録していないと思うからである。この点については第2章で詳しく述べる。

〔*1〕戻る

〔*2〕戻る

 次に、フルタイム労働者(週40時間以上働く労働者)のうち、月の最後の1週間の就業時間が60時間以上の労働者について見てみよう(図13〔*3。なお、1週間の労働時間が60時間ということは、法定の週労働時間が40時間であるから、週に20時間残業しているということである。そして、1ヵ月はだいたい4週間であるから、これを4倍すると月に80時間残業しているということになる。80時間というのはいわゆる過労死ライン。

〔*3〕戻る

 ここで、「過労死ライン」について説明しておく。これは、厚生労働省の通達(平成131212日付基発1063号)における次の記載が基となっている。

〈脳・心臓疾患の〉発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる

 したがって、だいたい80時間を超える残業が毎月継続している場合は、過労死ラインを超えていると言ってよい。また、以前はそれほどの残業時間ではなかったにしても、突然1ヵ月で100時間を超えるような残業をした場合も過労死ラインを超えることになる。

 月末1週間の就業時間が60時間以上の雇用者の割合は、平成122000年には166%だったのが、直近だと121%にまで減少している。しかし、10人に1人以上の割合だから、決して低いとは言えないだろう。実数で言うと432万人。四国の人口を全部合わせた数よりも多い。単純にこの労働時間を4倍すると、さっきも言ったとおり過労死ラインの80時間残業になる。過労死ライン前後で働く労働者が相当の割合に上ると言える。

 これでも十分に悲惨な状況と言えるが、先ほどの述べた理由により、実態はよりひどいと私は思っている。

 性・年齢別にみると、30代と40代の男性の割合が多い。ともに17%を超えている(図14〔*4

 国際的な比較もしてみよう。まずは年平均労働時間から(図15〔*5

 労働者の保護が強いドイツ、フランスと比べると顕著に長い。次に週労働時間が49時間以上の者の割合も見てみよう(図16〔*6

 韓国の割合の大きさに驚くが、それに次ぐのは日本。ほかの国より顕著に多い。特に労働者保護の強いドイツ、フランスと比べると、2倍程度ある。

〔*4〕戻る

〔*5〕戻る

〔*6〕戻る

過労による労働災害の現状

 まずは、過労によって発症する脳・心臓疾患の労災請求件数について見てみよう(図17〔*7

 労災請求件数は、過去10年余りの間、700件台後半から900件台前半の間で推移しており、近年は3年連続で増加している。

 次に、この請求件数に対する認定件数について見てみよう(図18〔*8。ピークで392件。直近は253件。うち死亡件数は、ピークで160件、直近で92件。

 次に、この認定件数の請求件数に対する割合を見てみよう(図19〔*9

 近年はおよそ30%程度になっている。これは単純にその年度の労災請求件数に対する認定件数の割合を算出しているだけであり、実際の認定率がこれとイコールになるわけではないことに注意が必要である(審査に時間がかかるため、請求に対する決定が年度をまたぐことの方が多いであろう)。しかし、請求件数に比べると認定件数が非常に少ないということは言える。なぜこれほど低くなるのか。そのもっとも大きな要因は会社が労働時間をきちんと記録していないからである。これは第2章で後述する。

〔*7〕戻る

〔*8〕戻る

〔*9〕戻る

 次に、過労によって発症する精神障害に関する労災請求状況を見てみよう(図110〔*10

 はっきりと右肩上がりであり、年々増加していて、直近平成292017年度は1732件である。では、この請求件数に対する認定件数はどうだろうか(図111〔*11

 請求件数の増加に比べると、平成242012年度以降やや横ばいになっているように見える。もっとも多いのは直近で506件。うち死亡は98件である。脳・心疾患の死亡者数と合わせると、年間約200人も死亡している。では、認定件数の請求件数に対する割合はどうだろうか(図112〔*12

 脳、心臓疾患に比べると割合が低いが、近年30%程度で推移している点は共通している。

 直近平成29年度で言うと、時間外労働時間数別1ヵ月平均)の労災支給決定(認定)件数では、「その他」を除くと「20時間未満」が75件でもっとも多く、次に「160時間以上」が49件である(図113〔*1320時間未満の方は、長時間労働ではなく、セクハラやパワハラが原因であると思われる。

 160時間の残業は、例えば9時~18時、休憩1時間の会社の場合、1ヵ月間無休で毎日23時まで働いているということである。すさまじい。

 なお、土日祝日が休みの会社の場合、毎月の営業日はおおむね21日~22日程度になる。勤務時間が9時~18時、休憩1時間の会社の場合、毎日22時まで残業するとだいたい過労死ラインである月80時間を超え、毎日23時まで残業すると100時間を超える。

〔*10〕戻る

〔*11〕戻る

〔*12〕戻る

〔*13〕戻る

 就労形態別の労災支給決定(認定)件数では、「正規職員・従業員」が最多で、459件と全体の907%を占めている(図114〔*14。なお、この表における「決定件数」の中には、不支給決定件数も含まれている。

 正社員が大きなストレスにさらされていることがよくわかる。また、男性の割合が圧倒的に多い。そして平成29年度の正社員における自殺者は95名もいる。

 強調したいのは、これは氷山の一角ということである。例えば、警察庁が発表している自殺の原因、動機別自殺者数の推移を見てみると(図115〔*15、直近2018年の自殺の動機の中で、「勤務問題」は2018人もいる。また、自殺の動機を特定できない「不詳」は5289人もいる。この中にはかなりの過労自死が含まれているのではないだろうか。

 長時間労働で過労死・過労うつに追い込まれたにもかかわらず、証拠が足りないとか、そもそも請求する気力自体を奪われている等の理由で、労災請求を断念する労働者・遺族はたくさんいると思われる。さらに、請求したとしても、ここまで見てきたとおり、近年の請求件数に対する認定件数の割合は30%程度に過ぎない

 この数字から見えるのは、日本が「仕事に殺されるリスクがある」という極めて異常な国だということである。地獄のような労働で亡くなっていった方々に思いをせていただきたい。一人一人に家族がいて、未来があったのである。大切な家族を仕事に殺された遺族の悲しみは一生消えることはない。これはだれにとっても他人ごとではない。この異常な労働環境の犠牲になるのはあなたかもしれない。あなたの家族かもしれない。あなたの友人かもしれない。あなたの恋人かもしれない。

〔*14〕戻る

〔*15〕戻る

元凶は残業代不払い

 ではなぜこのような悲惨な状況になるのか。それは残業代の不払いがもっとも大きく影響している。

 法律上、18時間、140時間の労働が原則であり、それを超える残業をさせた場合には、割増賃金を支払わなければならない。なお、割増率は図116〔*16のとおりである。基本は25%。

 なお、国際的に比較すると、日本の残業代に対する割増率は低い(図117〔*17

 日本は基本的に25%で、1ヵ月60時間を超えるとやっと50%だが、ほかは基本的に50%である。フランスは基本が25%だが、週43時間を超えれば50%である。ドイツも、最初の2時間は25%だが、それを超えると50%である。アメリカ、イギリス、韓国は最初から50%。

 これはいわば使用者に対する罰金のようなものである。こうやって割増賃金を支払うはめになると、非常にコストがかさむ。そこで、使用者は残業をさせないようにしようとするだろう。そうやって長時間労働が抑え込まれる、という考えが前提にある。

 そして、実際に残業代がきっちり支払われる企業では、異常な長時間労働が発生する可能性は少ないと思われる。合理的な使用者であれば、長時間労働をさせてばくだいな割増賃金を支払うよりも、人員を増やして労働時間を分散する方を選択するであろう。残業代は長時間労働に対するブレーキとして機能するのである。

 最高裁も、「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される」と述べている(最高裁平成2977日判決)

 しかし、このルールをみんなで無視していたらどうなるだろうか。当然、長時間労働は抑制されない。それがこの国で起きていることである。この本では長時間労働が原因で死亡した事例をたくさん紹介していくが、「まともに残業代が払われていない」という点は共通している。こういう話をすると、「残業代目当てでダラダラ残業する社員もたくさんいる」という反論をしてくる人がいる。だが、きっちり残業代を払う企業の方がむしろ少数派なのではないかと思う。私が残業代請求で見てきた相手方にはだれもが知っている有名な大企業もあったし、中には地方自治体まである。本当にたくさんの不払い企業を私は見聞きしている。そして、残業代が出なくても人は働く。だから過労死・過労うつが無くならないのである。残業代不払いは、断じて単なるカネの問題と解釈してはならない。命にかかわる問題なのである。残業代を違法に削ることは、命を削ることに等しい。

〔*16〕戻る

〔*17〕戻る

 ここで、労働基準監督署の是正指導によりさかのぼって支払われた残業代の支払状況を見てみよう(図118〔*18

 平成292017年度はヤマトホールディングスが1社で230億円も支払ったことが大きく影響し、金額が一気に約446億円に膨らんでいる。それ以前となると、もっとも高いときで約196億円、低いときで約100億円。なお、平成29年度は金額もさることながら、企業数が一気に521社も増えていることが特徴である。

 これは氷山の一角である。私がたいしてきたブラック企業にはこんな素直な企業は1社たりとも存在しない。労基署の指導だけで支払う企業がこんなにいるのか、と逆に驚いてしまう。なお、2015116日付の連合「労働時間に関する調査」では、サービス残業をせざるを得ないことがあると答えた労働者の割合は4割強にも上る。「サービス残業」と呼んでいるが、要するに賃金不払いなのだから、これは第2章で述べるとおりれっきとした犯罪である。このことが忘れられている。

 残業代不払いに対するブラック企業の執念は凄まじく、完全に証拠がそろってまったく争う余地がないケースですら、わざわざ弁護士をつけて争ってくることがある。

 例えば、タイムカードは非常に強力な証拠であり、これがある場合はさっさと払ってしまうことが使用者側にとってもっとも適切な対応である。しかし、私が担当した、タイムカードがそろっていたとある残業代請求事件において、相手方が弁護士をつけ、その上「タイムカードは労働時間を記録するものではない!」という反論をしてきたことがある。じゃあ何のためにタイムカードがあるんだ。さすがに笑うしかなかった。結局こちらの請求額の満額に近い形で和解してその事件は終わった。そもそも請求額自体あまり大きな額ではなかったので、相手にとっては余計な弁護士費用が発生しただけなのだが、それでも払いたくなかったのであろう。

 この状況をたとえると、みんなが制限速度を破って車の運転をしているような状態である。だから事故(過労死・過労うつ)が発生し続ける。

 ではなぜ残業代不払いが横行し、長時間労働がいつまでたってもなくならないのか。次章ではその原因について見ていくことにする。

〔*18〕戻る

第2章 穴だらけの法律(1)

この作品では本文テキストのコピー機能を制限しています

01