屠畜という営みを心から、たぶん当事者以外ではだれよりも愛している
こうして今日も、 世界で肉は作られる。見てきました、「動物が肉になるまで」。アメリカ、インド、エジプト、チェコ、モンゴル、バリ、韓国、東京、沖縄。世界の屠畜現場を徹底取材!! いつも「肉」を食べているのに、なぜか考えない「肉になるまで」の営み。そこはとても面白い世界だった。傑作イラストルポ、待望の文庫化!

第一章 韓国

カラクトン市場のちくじよう

知らなかったペクチヨン差別

 学生時代、はじめて出かけた海外が韓国だった。それからいろんな国に旅行しているけれど、韓国はダントツでリピート率が高く、これまでに10回以上訪ねている。その間にソウルの市場で豚のカシラとか、犬を丸ごととか、隠しもせずに転がっているのを見ている。だから、ちくと食肉に関しても、きっとおおらかだろうなと勝手に思っていた。

 ところが。こういうことは何度訪ねようが、言語をかじろうが、友達を何人も作ろうが、その気になって調べてみないとわからないものである。なんと韓国にはちよう時代から〈ペクチヨン〉という被差別民がいて、牛の屠畜解体をやっていたというではないか。

 白丁を描いた小説『神のつえチヨンドンジユ 解放出版社)の巻末解説によると、朝鮮時代の社会には、両班ヤンバンチユンインの支配層と、農・工・商・漁業などの労働の担い手であるサンインという2つの階層があり、その下にチヨンミン階層があった。しちせんとも呼ばれ、ヤツ婢、妓生キーセン、礼人、蛙匠、郷吏、使令、そうりよ7つの職業に携わる人のことだ。そして白丁は賤民階層にすら属さない最底辺の存在だったという。別階層との婚姻が許されず、訴訟を起こす権利もない、などなど、ひどい差別を受けていた。職業も屠畜、かわなめしなどに限定されていた。

 近代になって、法制上の身分制は廃止されるが、朝鮮王朝の崩壊、日本による植民地政策、世界大戦と、激動する情勢の中で、彼らは屈辱的かつ悲惨な状況に置かれ続けた。現代韓国社会においては、実態は見えにくくなっているものの、差別意識は根強く残っているという。

 日本の被差別部落の歴史によく似ている。そういう差別があるのは日本とインド(とネパール)だけじゃなかったのか……。本を読めば読むほど気が重くなってきた。

 ところが、在日の友人たちにたずねてみると、〈ペクチョン〉ということばすら知らない人がほとんど。知っていると答えた人の話を総合すると、「朝鮮戦争後の混乱期に、白丁だけでなく多くの韓国人が族譜(家系図。韓国では日本よりずっと重要な意味を持つ。ちなみに白丁は族譜を持つことすら許されなかった)かいざんしたり、新たに買ったり、名前を変えたために、あの家がそうだというようなあからさまな差別は存在しない。現在、食肉解体業にかかわっている人たちは、過去からのつながりは、もうないのではないか、少なくともそんな話は聞いたことがない」とのことだった。

 韓国ではすべてにおいて良くも悪くもスピードが速い。IT化だって日本よりもずっとすんなり進んでしまったんだから、旧弊な差別がなくなったというのも、若い世代に関しては「あり」なのかなあー。そんなことを考えながら、私は巨大なインチヨン空港に降り立った。

韓国人は焼き肉が好き?

「ワタシは白丁ということばは教科書で習いましたけど、実際に使ったこともないし、聞いたこともないですね。(声を潜めて)チョンミン(賤民)ということばなら聞いたことありますけど、それも悪口のようなイメージで。そういうのは昔のことではないですか。もちろん具体的な結婚差別も、聞いたことがないです」

 ソウルの中心地に着いて、通訳をお願いしたベ・ウジンさんに会い、さんざん日本で繰り返した質問をぶつけてみたのだが、なんだかピンとこないといった顔をしている。ベさんは、30代半ばくらいだろうか、サンの名門大学を出て、日本にも留学した経験を持つ男性、いわばインテリだ。

「確かにそういう仕事をしている人は、隠すかもしれませんね。自慢のようには言わないでしょう? 自慢する職業っていうのは弁護士とか、大学教授とか、芸能人とか……差別というのであれば、女性差別の方がよく聞きますよ。でも女の人は最近強くなって、ぼくなんか女性が怖いですけど……」

「ところで韓国には肉料理はたくさんありますよね?」

「ええ、肉食文化ですから。でも、ぼくはあんまり焼き肉は食べませんけれど」

 実はこう発言する韓国人、私のまわりにはすごく多いのだ。前々からずっと気になっていたことを思い切ってたずねてみた。

「あのー。失礼ですが、韓国の焼き肉、それほどおいしくないと思うんです。いえ、焼き肉よりももっとおいしいものがたくさんあるというか……、特にプルコギは、おいしいとはどうしても思えなくて……」

「そうそう、甘くてね。ぼくも苦手です。あれは昔のごちそうです。日本に行ったときの方が焼き肉をよく食べますよ」

 韓国料理と言えば焼き肉、と思っている人は多いだろう。だって日本にある韓国料理屋の99分が焼き肉屋なんだから(この原稿を書いた2002年当時は本当にそうだったけど、今ではハンりゆうブームのおかげで、東京の繁華街なら焼き肉以外の韓国料理も普通に食べられるようになっている)

 しかし、別に焼き肉なしでも韓国滞在に困ることはない。サムタンソルロンタンなど、さっぱり系のなべだけでいったい何種類あるんだか。それに日本なら食べずに捨ててしまう部位も、実によく工夫して料理している。牛の小腸に血と米などを詰めたスンデ、小腸をタレにつけて焼くコプチャンクイ、牛の頭を丸ごと煮込んだソモリタン、豚の皮のタレづけ……そして、犬鍋も! 焼き肉嫌いな韓国人がいてもおかしくないだろうな、とはずっと思っていたのだ。

牛のせきずいの味

 韓国に着いた夜は、いわゆるホルモン焼き、コプチャン=小腸を食べてみることにした。

 案内してくれた友達のチェ・チウンさんはフードアーティスト。日本でも韓国家庭料理の本を何冊か出版している。

「ウチザワさん、今回は肉料理の取材?」

 いやそれが……と、今回の取材趣旨をかいつまんで話した。

「えーっ、ジヤンドンとトサルジャン(屠畜場 *トサルジャンの漢語は「さつじよう」だが、漢字表記はほとんどない。現在の韓国人がどこまで漢字と意味を連想できるのか不明。韓国語には、日本語と比べて同音異義字も非常に多い)に行くの……。すごーい。私、ダメです。怖いのダメなんです。本当にダメなんです。ハードな取材ですねえ」

「私、自分でこの企画を出版社に持ち込んだの。日本のトサルジャンにも行ったよ」

「ええーっっっ」

 一瞬、固まってしまったチェさんに、さりげなく食肉解体に関する差別は今もあるの? と聞いた。

「よく知らないけど、ないと思う。それは昔の話です」

 彼女の目を見ても、ベさんと同じように、噓をついているようには見えなかった。やっぱり食事前に話したのはいけなかったのかなあ。彼女の顔がこわばっているので、これ以上、話ができなくなってしまった。

 さて、「コプチャンクイ」の店に入ると、煙でいっぱい。どのテーブルも鍋を囲んでジュウジュウとなにか焼いたりしている。お客さんはみごとにサラリーマン風のあぶらぎったオヤジたちばかり。女性客は私とチェさんだけだ。まずお通しのようにして刺身セットが出てきた。白いのと赤いのと、灰色の。ちょっぴりグロいけど、おいしそうだ。白いのはトゥンコル=牛のせきずいで、赤いのはカン=レバ、灰色のはチョニョン=センマイだ。から、ワサビを添えた酸っぱいタレ、油に塩の3種類のタレが添えられている。チョニョンは日本の焼き肉屋でもおみで、グロい見てくれのわりにはさっぱりしていて歯ざわりもいい。なかなか美味だ。カンは歯ざわりがしゃっきりして、ぷりぷり。かなり鮮度がいい。

 問題は白いトゥンコル。こいつだけは正真正銘の初体験。親指くらいの太さで、舌ざわりはどろっとしていて、かすかに生臭い。味はない。羊の脳味噌や、ふぐのしらをねっとりさせた感じだ。

 と、3色のお通しをためしているところにアガシ(店のお姉さんの呼称)がテーブルのごっついガス台に火をつけ、すき焼き鍋のような底の浅い黒い鍋に油をたっぷり回しながら、コプチャン=小腸と、シムジャン=心臓と、ヤン=ミノを焼きはじめた。

 ……んまい。けどちょっと油っこい。日本の炭焼きに慣れているためもある。焼いている途中にもどんどん胡麻油を回しかける。これじゃ、オヤジじゃなくても、だれでも脂ぎってしまう。

 具を全部鍋から引き上げたあと、うまみをたくさん吸い込んだ油にキムチとご飯を入れる。韓国を散らして、さらに胡麻油をかけてチヤーハンの完成だ。もうお腹がいっぱいだったけど、これを食べなければ意味がない、という顔でチェさんや店の人たちが見るので口をつけた。確かにおいしい。おいしいけど、疲れた胃腸にはちと重い。体力がないと食べられない料理である。

カラクトンの屠畜場へ

「確かに屠畜場で働くっていうのは『最低の職業』というイメージはあると思う」

 キム・キョンキュンさんが言いにくそうに話しはじめた。キムさんは30代後半の編集デザイナー。韓国と日本の歴史にくわしく、教えてもらうことも多い。そんな彼でさえ白丁ということばは知っていても、それ以上のことはあまり知らなかった。教科書にも白丁ということばはあっても、近代、日本で水平社が創立された翌年の1923年に、キヨンサンナム晋州チンジユで創設されたヒヨンピヨンによる解放運動のことなどは、全然載っていないのだそうだ。「白丁は相手をとうするときのことば」というイメージだけという人も多い。だからと言って、屠畜という職業のイメージが良くなっているのかというと、そういうわけではない、とも言う。

 今回、ソウルに来る前に、キムさんに食肉解体の職業や白丁に対しての差別を聞いたときは、「今はない」と言っていた。ファクスなどで何度か今回の取材の相談をしている間に、いろいろ考えてくださったようだ。

 さて、明くる朝早く、ベさん、キムさんと一緒にソウル市内の牛肉屋に向かった。牛肉専門店「アンソンマジュンハヌ」だ。照明は多少暗いけれど、日本のデパ地下の肉屋とそっくり。ウィンドウの肉は、杉の葉を敷いたきれいなすのこの上に鎮座して、とても高級そうなイメージ。真っ赤なかたまりの肉がラップで包まれてる。ここはキムさんのお母さんがよく買いに来るお店なのだ。お店の社長のソ・ジョンウォンさんが、「常連さんのお願い」ということで、いつも韓国牛を仕入れに行くラクトンの屠畜場を案内してくれるのだ。ありがたい。

 ソ社長の車に乗ってカラクトン市場に向かった。ソウル最大の公営卸売市場で、野菜と果物、海産物、肉の3部門に分かれている。ここにすべての食材が集まっているわけだ。ソウルにはトンムン市場やナムムン市場をはじめ、観光客を含めてだれでも入ることができる市場がたくさんあるが、ここはほとんど業者仕様。

 カラクトンの屠畜場は、解体の現場を2階の窓から眺めることができる。隣のビルに日本のような半割りのえだにくり場があり、向かいには肉を切り分けて卸し売りする市場がある。2001年にBSE(牛海綿状脳症──韓国ではクワンビヨンと呼ばれていた)の騒ぎがあってから、処理場の衛生面をする声がマスコミで強まったため、「こんなにきれいにやっている」というデモンストレーションを兼ねて、見学コースを作ったのだそうだ。見学の廊下はおよそ15メートルで、両脇がガラス張りになっている。向かって右が牛、左が豚。建物の入口から牛肉の脂の匂いがした。

 キムさんと通訳のベさんが「うっ」と、あからさまに鼻と口をふさぐ。社長は2人の態度にまったくお構いなしに、ズンズン建物に入っていく。匂いは確かにするが、腐臭でもはいせつ物の匂いでもない。生肉の匂いに、脂と血の匂いが加わって強くなったような感じだ。私にとっては、すごくくさいというわけではない。

 匂いの感覚は人それぞれだ。羊肉を常食とする人の体臭、ニンニクをたくさん食べる人の体臭など、世界を旅したときに、その場では普通でも、自分にとっては耐えがたい匂いがたくさんある。欧米から日本に来た人たちにとっては、味噌やしようの匂いがまち中にただよっていると感じられるらしい。これを「臭い」と言われたらすごく嫌だ。そんなわけで屠畜場に限らずどんな場所でも、日常そこにいる人たちに嫌な思いをさせたくないために、自分では結構臭いと感じる場所だとしても、よほどのこと(目にみるとか)がない限り、臭いとあからさまにわかる態度は、これまで取ったことがなかった。そうすることに疑問を持ったことがなかった。けれど、そういう振る舞いをすることが、現場の人に本当に誠意を尽くして向き合うことになるのか、よくわからなくなってきた。「そんなに臭いか?」とは思うけれど、率直に態度に表すキムさんとベさんたちの方が、かえってすがすがしくも思える。

電気ショックで叫ぶ豚

 2階に上がった。ガラス張りの窓から眼下に屠畜解体の現場が広がる。想像していたよりずっと現場に近い。作業をしている人の顔の表情まで見える。進行方向の右手が牛のライン、左が豚のラインになっている。大まかな流れは日本で見学した屠畜場と同じで、頭を落としてあしを引っ掛けてラインにり下げ、皮をいて内臓を出していく。社長は牛の皮を剝いているところにぴったりついて、真剣なまなざしで肉を見つめている。

 くわしい違いはわからないけれど、私が日本で見学したのと一番違ったのは、豚の殺し方だ。炭酸ガスを使わず、狭い枠にはめて、機械を通して電気ショックのようなものをかけていた。おそらく仮死状態にしているのだろう。電気をかけるときに、豚が結構大きな声でキェーッとくのでちょっとビビる。機械から出てきた豚の顔色はそうはくで、ちょっと人のもんの表情に似ている。うーん、これは怖い。イスラム教が豚肉食を禁じたのは、豚の顔が人間に似ているからという説を聞いたことがある。「だからなんだっつーの」と私も思っていたけれど、やっぱり人に似ている顔を苦悶させてるのを見るのはショックだった。

 だけど、まったく抵抗させないで動物を殺すことができるだろうか。ニコニコ笑いながら「どうぞ殺してください」なんて言う動物なんぞいるわけがない。植物だって目鼻や声がないだけで、刈り取られるときに泣いてるかもしれないし。肉をおいしく食べているんだからしょうがないじゃん。見ればショックを受けるのも確かだけど、そのことをまったく知らないで肉を食べているのは、もっと嫌だ。しっかり眺めて頭にたたき込んでから、バリバリ肉食ってやる。

 ……と思いながら、何分くらい眺めていたんだろうか。気がつくとキムさんもベさんも、渡り廊下の手前のところに戻ってぼんやり立って私を待っている。

「もういいですか、ウチザワさん」

 ベさんは、もう泣きそうな顔になっている。キムさんもなんだかつらそうな表情。

「いやー。つい見入ってしまって。おもしろいですねー。とても参考になりました。社長さんにもお礼を言ってください」

と言うと、ベさんが信じられないという顔をして、

「平気なんですか?」

と言う。あれだけ肉を食べている韓国人でもこんな反応をするのか。怖がりのチェさんだけが例外なのかと思っていた。なんだかすごく意外だ。韓国料理は牛や豚の原形を思わせるような、つまり背骨が丸ごとぶつ切りで出てくる料理などが結構あるんで、日本人よりもこういうの、全然大丈夫なのかと思っていたのに。

「ここを見ればマジャンドンを見る必要はありませんよ。同じですから」

と社長。実はこのあと、肉の市場マジャンドンへ見学に行く予定なのだが、ひとまずこれで、牛や豚が牛肉、豚肉になって、店に並ぶまでの工程をたどることはできた。

 ただ、韓国の肉市場の代名詞とも言えるマジャンドンは、やっぱりのぞいてみたいんである。

第一章 韓国(2)

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