ピューリッツァー賞受賞作 ギャングを抜け出した17歳を待ち構えていた「裏切り」
FBIに情報提供者として協力していた17歳のエルサルバドル人、ヘンリー。エルサルバドルのギャング集団「M-13」に無理やり加えられ、殺人事件にも加担させられた後、母親と共に米ニューヨーク・ロングアイランドへ逃亡。米司法当局に協力したところ、逆に勾留されてしまう。プロパブリカの記者は何カ月もかけて証言を集め、ヘンリーの信頼を勝ち取り、司法当局の暴走を暴いた。
← 左にスクロール
シェア ツイート

殺人事件をテーマにした日記

 もしヘンリーが処刑されたとしたら、当局は事件の端緒としてどこに注目するだろうか。おそらく2016年秋、静かな教室内だろう。

 ヘンリーはひょろりと痩せていて、髪の毛をもじゃもじゃにしている高校3年生だった。教室の入り口近くの席に座り、国語の授業を受けていた。実際には上の空で、一生懸命に自分の人生や行く末に思いを巡らせていた。机の上で前かがみになり、パーカーのフードをかぶって両耳のイヤフォンを覆い隠した。続いてスペイン語バラードの音量を上げた。これで準備完了だ。ノートを開き、何も書いていないページの上でペンを走らせ始めた。

 不安、プレッシャー、力不足――。ヘンリーは自分の気持ちを書きつづった。内容は17歳の少年が書く日記とは似ても似つかなかった。ニューヨーク州南東部の島ロングアイランドで起きた殺人事件をテーマにしていたのだ。ギャング集団「MS-13」は伐採用山刀マシェティを凶器として使い、ブレントウッド高校の生徒5人を殺害。過去にMS-13に所属していたヘンリーは主犯メンバーの友人であったことから、暴力行為への協力を求められていた。

 一心不乱にノートに向かって何かを書いているヘンリーを見て、クラスメートは興味津々だった。当の本人は、腕でノートを隠しながら自分の世界に浸っており、何も気にしていなかった。最終的にノートは事実上の自伝になるのだった。

 ヘンリーが思い起こしていたのは、生まれ故郷である中米エルサルバドルだ。祖父の実家近くにはココナッツ畑が一面に広がっている。その中の一角で目隠しされた一人の男が手足をX字型に伸ばされ、2本の木にはりつけにされていている。ヘンリーは男の前に立ち、周囲のMS‐13メンバーからプレッシャーをかけられている。

 リーダーのエル・デストロイヤーが一歩前に出た。60代に差し掛かり、顔や胸、背中に「MS」と刺青を入れている。きらりと光る両刃マシェティを取り出し、ヘンリーに手渡した。「これを使って男を殺せ」

生き延びるためには、逆らうわけにはいかない

 MS‐13はそれまで何年にもわたり、ヘンリーの庇護者として振る舞っていた。学校の制服代を払ったり、ライバルのギャング集団を追い払ったり、「家族用に」と言って祖母に食肉を手渡したり。もちろん見返りを求めた。最初はヘンリーに使い走りや見張りの仕事をさせた。そのうち銃撃戦への参加も求めるようになった。頭数をそろえて力を誇示するためだ。 

 ギャング集団の一員になるためには儀式を通過しなければならない。ヘンリーも儀式の洗礼を受けた。13秒間に及ぶ殴る蹴るの暴行に耐えたのだ。儀式の後にはギャング名を選ぶよう促された。彼が選んだのは、スペイン語で「悲しい」を意味する「トリステ」。アメリカへ行く両親に幼児期に見捨てられ、スラム街へ放り出された自分の境遇にぴったりの名前だった。

 教室内のヘンリーはノートに覆いかぶさるような姿勢になり、取りつかれたように自分の過去を克明に記録していった。クラスメートの存在もすっかり忘れて。

 ココナッツ畑のヘンリーはまだ12歳。目の前ではりつけにされ、がたがたと震えている男を殺せば、儀式を終了できる。エル・デストロイヤーから手渡されたマシェティは、実家にあるマシェティよりも鋭い刃を備えていた。刃数も多かった。

 エル・デストロイヤーは男の横に立ち、どこを狙ってマシェティを振り下ろせばいいのか人差し指で示した。まずは首を指さし、続いて腹を指さした。「最初だから大変なのは分かる。気分が悪くなるだろう。俺は34人も殺したからもう十分。だからお前にやってもらう。ここの畑には悪魔が住んでいる。血に飢えた悪魔だ」

 ここで命令に従わなければ、はりつけの男と共に自分も殺される、とヘンリーは思った。もう少し生き延びるためには、エル・デストロイヤーに逆らうわけにはいかない。

 ヘンリーは保護を求めてアメリカへ入国した。にもかかわらず、アメリカにやって来てもギャングと縁を切れず、袋小路に迷い込んでしまった。ノートには「このままでは殺される。早く逃げ出したい。誰か助けて!」と書き込んだ。

校長室に呼ばれてFBI捜査官と対面

 ヘンリーはノートからページをちぎり取り、課題の中に紛れ込ませた。メッセージを入れた瓶を海に流し、SOSを送るかのように。立ち上がって教師の机まで歩き、課題を提出した。

 1週間後、ヘンリーは校長室に呼び出され、学校常駐のロングアイランド・サフォーク郡警官を紹介された。エルサルバドル時代には警察を一切信用していなかった。ライバルのギャング集団や武装集団と結託する警官を何人も見てきたからだ。しかし校長室の警官はこう言った。「アメリカの警察は信頼していい。君がエルサルバドル時代に見てきた警察とは全然違う。君はFBI(連邦捜査局)の保護下に入り、ロングアイランドから遠くて安全な所へ連れて行ってもらえる」

 子ども時代を恐怖におののきながら過ごしたヘンリー。アメリカにやって来て初めて自分の意志で大きな決断を下した。FBIに情報提供し、ギャング集団の摘発に協力することにしたのだ。

 ヘンリーの協力は司法当局にとって予想外の収穫だった。過去2年でMS-13の暴走がエスカレートし、25人も命を落とす事態になっていたからだ。

 反移民政策を掲げるトランプ大統領はMS-13を政治利用した。不法移民の受け入れが治安悪化を招いていると主張し、MS-13をやり玉に挙げて「ロングアイランドの一部が血生臭い戦場と化している」と断じた。そんななか、地元警察は情報提供者を必死になって探し求めていた。ギャングの活動状況を解明し、主要メンバーを逮捕するためだ。ヘンリーは情報提供者として最適であり、渡りに船だった。

 捜査協力に合意した段階で、本来ならばヘンリーは救われたはずである。ギャング集団から抜け出し、新天地で新たなスタートを切っていたことだろう。だが、トランプ政権の誕生に伴って状況は様変わりした。すべての移民は攻撃対象になったのだ。

 ロングアイランド・ブレントウッド地区のような地方でも地元警察は移民の拘束・国外追放に積極的に取り組み、トランプ政権を後押しする姿勢を鮮明にした。そんなことはつゆほども知らないヘンリーは、安心して当局に協力を申し出たわけだ。不運としか言いようがない。

米ロングアイランド・ブレントウッド地区にあるショッピングモール。警察の調べによれば、ここはギャング集団MS-13のたまり場として知られていた。MS-13は内戦を逃れてアメリカに入国したエルサルバドル系難民によって設立されている。ブレントウッドにはエルサルバドル系住民があまりにも大勢住んでいることから、エルサルバドル領事館も置かれている。(写真はNatalie Keyssar, special to ProPublica)

MS‐13にとって扱う商品は「暴力」

 ヘンリーは過去に一度MS-13からの脱出を試みている。

 MS-13は普通のギャング集団とはちょっと違っていた。扱っている商品が暴力だったのだ。通常、ギャング集団に加わるメンバーは一獲千金を夢見ている。ドラッグや女性、盗品を売買することでカネを稼ぐ。暴力に頼るとはいっても、あくまで手段と位置付けている。縄張りを確保したり、市場を維持したりするために暴力を使うのだ。しかし一方で、MS-13は暴力に軸足を置いている。

 MS-13はもともと、エルサルバドル人の移民によって数十年前にロサンゼルスで設立されたギャング集団だ。当時のロサンゼルスでは、内戦を逃れて移民としてアメリカに渡ったエルサルバドル人がコミュニティーを形成していた。そんななか、MS-13はメンバーに対して安全と帰属意識を与えた。同時に、殺人も含めて暴力で実績を出したメンバーを高く評価し、幹部に登用する仕組みを導入した。裏切り者を出さないようにするために、殺人に際しては集団行動を基本にした。主な武器は、貧困層でも入手可能なマシェティ。有力麻薬カルテルは「無目的な暴力行為はビジネスにとって良くない」と考え、MS-13との連携に消極的だった。

 ヘンリーはエルサルバドルでMS-13に加わってから数年間で、12件以上の殺害現場に居合わせた。マシェティで人間が切り付けられると柔らかい皮膚は簡単に裂けてしまうことも学んだし、銃弾を浴びる人間の体がまるでダンスをしているように見えるということも学んだ。

エルサルバドルからアメリカへ逃れる

 2013年になって転機が訪れた。MS-13 が敵対ギャング集団「バリオ18」と結んでいた休戦協定が崩壊したのだ。その結果、銃撃が絶えない紛争地域と変わらないほどエルサルバドルのスラム街は危険になった。

 ある日の午後のことだ。15歳になったヘンリーが廃屋の中でトランプ遊びをしていると、見知らぬ人から連絡が入った。電話口で「24時間以内にエルサルバドルを出たほうがいい。さもないと消されるぞ。祖父母も一緒に」と警告された。その日の夜には家を出て、両親が住むアメリカのロングアイランドへ行く決断をした。家を出る際に祖父から念を押された。「アメリカで新たに出直すのだから、ギャングとは手を切るように。約束だよ」

 ヘンリーは家畜運搬トラックの荷台に忍び込み、メキシコを北上した。2013年以降、累計でざっと20万人の子どもが中米からアメリカ国境に同伴者なしで到着。このうち8千人はアメリカ入り後にロングアイランドを目指している。ロングアイランドでエルサルバドル人が形成する移民コミュニティーで暮らす親族と合流するためだ。

 ニューヨーク都市圏の郊外に位置するロングアイランドは移民にとって理想的な環境にあった。通勤圏のニューヨーク市内には低賃金の仕事が豊富にあったし、ロングアイランドには非合法の地階アパートが多かったからだ。ヘンリーが到着したころにはロングアイランド東側のサフォーク郡にはあまりにも多くのエルサルバドル系移民が住んでいたことから、同郡内のブレントウッド地区にはエルサルバドル領事館も置かれていた。同領事館はロングアイランド内では唯一の外国政府機関である。

 ヘンリーはアメリカ国内には合法的に入国している。国境で難民であると申告し、認められている。そんなわけで、数年先の最終的な審査まで自由の身であり、ロングアイランドに住む母親の下へ向かうことになった。ニューヨークのJFK空港に降り立ったとき、「お帰り!」と書かれた風船を手にして駆け寄ってくる女性の姿が目に入った。自分の母親だと認識できなかった。幼児期に離別してから写真を一度も見たことがなかったからだ。

 ロングアイランドのアパートに足を踏み入れて、両親がずっと以前に離婚していたことに初めて気付いた。間もなくして母親のボーイフレンドと知り合いになり、日常的な暴力を目の当たりにするようになった。ある日、母親はボーイフレンドから熱い調理用油を浴びせられた。頭部に3度熱傷を負い、入院しなければならなかった。

 ヘンリーは父親の口利きで工場で職を得た(父親のアドバイスに従って法的身分と年齢についてうそをついた)。トイレットペーパーにミシン目を入れる仕事を与えられ、時給9ドルで112時間働いた。給与日になるとほぼ全額を母親に手渡し、家賃と食費に充ててもらった。

高校に入学し、すべてが一変した

 2014年の夏、ヘンリーは人生でも最も寂しい時期を過ごした。英語を話せなかったし、バスも乗りこなせなかった。仕事以外の理由ではめったに外出せず、家に閉じこもった。工場ではたまに父親と昼食を共にしたものの、ほとんど何も話さなかった。何を話題にしていいのか見当もつかなかったし、父親も会話に前向きでないように感じられた。

 エルサルバドルの騒々しいスラム街に慣れていたため、ブレントウッドの大通りは不気味に見えた。やたらに道幅が広いうえに、人影もまばらに感じた。深夜、真っ暗な部屋の中でホラー映画を見ていると、ギャング時代が恋しくなった。エルサルバドルでは退屈しなかったし、いつでもメンバーの応援を得られた。

 その年の秋になってブレントウッド高校に入学し、すべてが一変した。同校はアメリカ公立校の中で最大級の生徒(ざっと4千人)を抱え、まるで要塞のようだった。規律が保たれ、新入生・転校生は歓迎された。安全でもあった。エルサルバドルの学校と違って天井の照明は明るく、校内の壁は白かった。ブタやニワトリの進入を防ぐためのフェンスもなかった。壁にはポスターが貼られ、集会への参加を呼び掛けていた。ヘンリーはオリエンテーションで「学校にはプールや音楽教室もある」と聞き、驚いた。それまでの人生で楽器に触れたことは一度もなかった。

 在校生には中米出身の移民が非常に多かったため、授業は英語とスペイン語で行われていた。クラスメートはサッカーや教師を話題にし、昼食時にはためらいながらも英語を使うようにしていた。ヘンリーはエルサルバドル時代について語らず、放課後になると工場へ直行する日々を送っていた。そのため一部のクラスメートからは好奇な目で見られた。

シェア ツイート
(2)
01