通称・地獄谷というバーは、新宿末広亭近くの雑居ビルにあった。表看板は蛍光灯の透過式で「ボタンヌ」という店名の横に音符のイラストが描かれていて時代を感じさせた。ボタンヌという名は、マッチを製作した際、業者がフランス語風に綴ったスペルを間違って印刷し、そのまま定着したらしい。本来は「ボタン」が正式名称である。
洒落た名前とは裏腹に、階段を上って店に行くとおどろおどろしい空気に圧倒される。錆び付いた鋲で周囲を飾られた木製ドアは上部がアーチ状になっており、足下部分はニスが剥げ落ち、所々朽ちている。一見するとお化け屋敷の風情だ。吸血鬼が飛び出してきて…
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