それなのに、なぜ逃げるのか
近年相次ぐ、保釈中や拘留中の逃走、そして刑務所からの脱走。罪を犯した者や、その嫌疑がかかる者が逃げれば、その都度ニュースとなり、世の中を大きく騒がせる。彼らはなぜ逃げたのか。そして、なぜ逃げることができたのか。公判記録や逃亡犯との交流、現場の足取りから、その謎に迫りたい。日本においては、犯罪を犯しても、また、何か疑いをかけられても、〝逃げるが勝ち〟であり、それが許されているのではないか……。

1回 ゴーンも気づいていた「保釈逃亡」天国ニッポン

日曜朝の大捕物

 長雨が続いていた。夜は明けていたが、薄暗い。神奈川県横須賀市森崎、近くを流れる平作川のカーブに沿って、くねくねと続く住宅街は、まだ寝静まっていた。高台の寺の脇に建つ築40年をとうに超えた灰色のアパートを、盾を手にした神奈川県警の捜査員30数名が取り囲んだ。2019623日、朝5時のことだ。

「そういわれてみれば夜に、よく白い車が停まっていたので、ちょっと気になっていた」

 と近隣住民が話すアパートだ。

 2階に、男の姿を認めるや否や、捜査員らは部屋のドアを激しく叩き、大声で呼びかけた。

「小林、出てこい」

「もう逃げられないぞ」

 ドアが開く気配はない。

 近所に住む男性は6時前に、捜査員らの足音やアパートからの物音を聞いた。外を見ると、捜査員の一人に制止された。

「危ないので家から出ないでください」

 ただならぬ日曜の朝であることを察知する。

「ドアを開けてくれ」

 こんな叫び声も聞こえてきた。だが、ドアは開かない。

 変化が起こったのは630分ごろ。ようやく、ドアが開き、男が姿を見せた。白と黒のパーカーを着て、刃物も持っていない。抵抗するそぶりも見せず、無言で捜査車両へ乗り込んだ。

 近隣住民の中には、この騒動に気づかぬ者もいた。

「日曜だからゆっくり寝てたんですよ。そうしたら友達から『家の近所がすごいことになってるよ』って連絡が来て。窓を開けたら家の前に警察や記者さんみたいな人がたくさんいてびっくりって感じで」

 はす向かいに住む老女も物音に気づかなかったひとりだ。

「いや本当にね、起きていたけど全然気づかなかったの。あとから知ってびっくりしました」

 とはいえ、目覚めて異変に感づいた住民は玄関ドアを開けると「私服警官みたいな人が前の道にたくさんいて、しばらくするとアパートの中から叫び声も聞こえてきたりして、怖かったので、子供達には外に出るなと言いました」と、不安な朝を過ごした。

 公務執行妨害容疑で逮捕されたその男、小林誠(逮捕当時43)は、逃走犯だった。別の事件で実刑判決確定後も、刑務所への収容をのらりくらりと4ヶ月もかわした末、4日前の619日、収容のため神奈川県愛川町の自宅に訪れた検察事務官らに刃物を向け、逃げ出していたのだ。

 小林は窃盗や傷害などの罪で起訴され、横浜地裁小田原支部で公判中だった20187月、保釈が認められた。保釈保証金は計500万円。同年9月、懲役38ヶ月の実刑判決を受け、一旦、小田原拘置支所に収容されるも、弁護人が即日、再び保釈を請求。同支部は4日後、再保釈を決定。小林は再び拘置所を出て自由の身となった。保釈保証金は計600万円に増額されていた。

 その後、東京高裁は20191月、控訴を棄却し、同年2月に小林の実刑が確定していた。控訴審には被告人の出頭義務がない。小林は出頭していなかった

 判決確定を受け、東京高検は書面などで小林に対して出頭を求めていたが、彼は応じなかった。高検から嘱託を受けた横浜地検小田原支部の事務官らがなんとか刑務所に収容しようと、小林に電話をかけ説得していたが、応じる気配がなかった。自宅を訪ねた際も「だまし討ちじゃないか!」など、激昂した小林から抵抗にあい、収容に失敗していた。逃走後にわかったことだが、保釈条件の中で『制限住居』として指定されていた神奈川県厚木市内の親族宅にも住んでいなかったという。

 再三にわたる説得にも応じない小林をいよいよ収容しようと、改めて地検職員らが自宅を訪れた619日、彼は逃走を図る。

 この日の昼過ぎ、横浜地検小田原支部の職員2人、横浜地検の職員3人に加え、神奈川県警厚木署員2人の計7人が、自宅に到着。呼び鈴を鳴らした。ところが小林は「ふざけんな、出て行け」と大声で叫び、前回同様説得に応じないどころか、この日は右手に包丁を持ち、職員らを威嚇。近寄れない職員らを尻目に、そばに停めてあった知人の車、黒のホンダ・フィットに乗り込み、立ち去ったのだという。追跡を逃れるためか、スマホは自宅にそのまま残されていた。

 後日、最高検が公表した検証報告書によると、この日に自宅を訪れた厚木署員は私服姿で、警棒は持っていたが拳銃は所持しておらず、防刃チョッキも着用していなかったという。また、現場から厚木署に連絡が入ったのは午後120分であったが、署から県警本部への連絡は午後3時ごろとなり、最終的に緊急配備がなされたのは逃走から4時間以上が経ってからだった。

小林の潜伏していた現場アパート 撮影:高橋ユキ

小中学校45校が休校

 小林に対する公判は同年911日、横浜地裁401号法廷で開かれた。逃走時に検察事務官や警察官に刃物を『∞』の形に振り回すなどした公務執行妨害罪のほか、逃亡中に覚醒剤を使用した覚醒剤取締法違反、またホームセンターで炊飯器や生垣バリカンなどを盗んだ窃盗罪、さらに知人に対して「シャブ(覚醒剤)が抜けたら出頭するので匿ってほしい」と、頼み込み、自宅に匿うよう求めたという犯人蔵匿教唆でも起訴されていた。保釈は認められておらず勾留中の小林は、坊主頭に白いワイシャツ、黒のスラックスで法廷に現れた。

 この日の公判の警備体制は厳重だった。傍聴人らは開廷前に隣の402号法廷に入り、職員らによる身体検査を行ったのち、同法廷に荷物を置き、数人ずつ職員の先導に従い、401号法廷に入るという異例の措置が取られた。

「自分、包丁は振り回してないんで、そこんとこだけ認められません」

 証言台の前に直立した小林は、逃走中に起こした事件に関しての起訴事実は全て認めたものの、公務執行妨害罪についてのみ否認。続けて行われた冒頭陳述や証拠調べで、当時の緊迫した状況が明らかになった。

「被告人を収容のため、検察事務官と警察官らで自宅に向かうと、被告人は寝室のマットレスの上で寝ていた。『収容に来ました』と別の事務官が言うと被告人は『どうなってんだ、荷物とか用意とかあるから。あとでこっちから車で行くからよ』と言い出した。『あとで車ってわけにはいかないですよ』などと返答する中、被告人は『警察も来てるのか』と言い、やり取りの中で興奮が高まっていった様子だった。

 一旦玄関を出ると部屋のドアが閉まった。インターホンの前あたりにたつと、10秒経たずにドアが開いた。右手に包丁を持った被告人がおり、刺されるかも、と全力で走って逃げた」(対応した検察事務官の調書)

現場アパート周辺 撮影:高橋ユキ

 部屋を出ずに小林の説得にあたった別の検察事務官の調書はこうだ。

「寝室に寝ていた被告人に収容状を示し『検察庁です、収容状の執行に来ました』と告げると『そんなの行けねえよ、俺も支度あるから出てけ、なんで警察が来てんだ』と言った。ダイニングキッチンへ移動し、流しの下の戸棚から包丁を取り出した。それを右手に持ち、肘を90度曲げ、刃先を私達の方へ向け『出て行け』と言った。立ちすくみ、そのあとのことは覚えていない」

 検察事務官は警察官とは異なり、護身術などを習得しているわけではない。応援のために同行していた警察官も、万全の装備ではなかった。刃物を向けられる事態は想定外だったのか。

 逃走に使われた黒のホンダ・フィットはその日の午後11時半ごろ、小林の自宅から約7キロ離れた厚木市内のアパート敷地内で発見された。このため、小林の自宅がある愛川町と厚木市内の小中学校45校では翌日の休校を決め、付近の一部の幼稚園も休園。保育園などに対しては、園外活動を自粛するよう求めるなど対応に追われた。横浜地検に加え神奈川県警の捜査員ら約1500人体制で行方を追うことにもなった。

 さらにはこの逃走のニュースは全国でも報じられ、小林の一連の行動の結果、神奈川県だけでなく全国的な騒ぎとなったが、担当弁護人は冒頭陳述で〝包丁を振り回したという間違った情報が広まった〟と切々と訴えるのだった。

「多くの報道が包丁を振り回し逃走するというセンセーショナルな内容だった。検察事務官や警察の話を元にした犯人像が発表され、多くの報道がなされた。妻は近所づきあいができなくなり、小学生の子供二人は友人と遊べなくなった。殺人鬼のように報じられ、家族は村八分になった。事実を証明したい」

『逃走罪』では裁かれない

 20201月、横浜地裁(加藤学裁判長)は小林に、懲役4年の判決を言い渡した(求刑懲役5年)。同地裁は、弁護人や小林の訴えたとおり〝包丁を振り回した〟ことについては「事実は認定できない」と判断したが〝包丁を向けた〟ことや、その他は事実と認め、次のように指摘した。

「実刑判決確定後、検察庁職員からの再三の出頭要請に応じなかった挙げ句、逃走を図るために同犯行に及んでおり、その経緯・動機は全く身勝手なものであってむべき点はない。続け様に犯罪行為を繰り返していることや被告人の前科関係にかんがみれば、被告人の法を守ろうとする意識はかなり低いと評価せざるを得ない」

 裁判所の否定的な評価は『4日間逃亡して、日本を騒がせた』ことについてではなく、逃げるために包丁を持ち威嚇したという公務執行妨害やその他の罪について向けられている。事実、判決文にも、この懲役4年の内容について「量刑を決める上で一番ウエイトが大きい」のは「覚醒剤取締法違反」だとある。小林が同種犯行を含む前科4犯を有していたことや、直近の判決確定から4ヶ月余りしか経過しないうちに覚醒剤を使用していることについて「覚せい剤に対する親和性、常習性は顕著である」旨、認定したのだった。

 それには大きな理由がある。現在の日本においては、保釈された者が逃走することそのものが、罪に問われないのである。拘置所や刑務所などから被告人や受刑者が逃走した場合は、刑法の逃走罪に問われるが、今回のような収容前の逃走には適用されない。

 大西総合法律事務所代表の大西洋一弁護士が解説する。

「刑法には、逃げる者について『単純逃走罪』や『加重逃走罪』が定められています。

 単純逃走罪は、勾留されている者や、禁錮・懲役刑の受刑者や拘置されている死刑囚等、裁判の執行により拘禁されている者が、器具を壊したり誰かを殴ったり脅したりもせず、一人で逃走した場合に適用されます。

 単純逃走罪が成立するためには、捜査機関や拘置所や刑務所の職員が牢の鍵をかけ忘れたり、護送中や裁判中に手錠を外して目を離したようなときに、何も壊さず、誰も押しのけたりせず、パッと逃走に成功するようなイメージです。でも、そのようなケースは滅多にありません。

 加重逃走罪は、裁判の執行により拘禁されている者に加えて逮捕状やこういんじょう等の身柄拘束のある令状の執行を受けている者が、器具を壊したり、暴行脅迫を伴ったり、2人以上のつうぼうによって逃走をした場合に適用されます」

 このため、保釈後に逃走した者を逮捕するには、あくまでも逃げたのちに、何かを盗む、警官に楯突く、など〝逃走の際にとった違法な行動〟を理由にするしかない。

横浜地方裁判所 撮影:高橋ユキ

 逃走それ自体に罰則がなければ、保釈後の被告人は逃げ放題なのではないか? 実はそれを防ぐための抑止力が存在する。保釈保証金だ。

 保釈については刑事訴訟法に細かく定められている。被告人が保釈の請求を行い、裁判所がこれを許す場合、保釈保証金額が定められる。「犯罪の性質及び情状、証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない」(刑事訴訟法第93条)とあるように、個々の事案に応じて保証金額も変わる。裁判所が被告人に対して保釈を認める決定を下したのちに、これを納付して初めて、被告人は保釈される。加えて「被告人の住居を制限しその他適当と認める条件を附することができる」(同)とも定められている通り、住む場所も制限されるほか、共犯者がいる事件であればそれらと連絡を取り合うことを禁止されるなど、これも保釈保証金同様、個々の事案等を考慮し決められる。

 この取り決めを守り、保釈後の生活を送れば、納めた保釈保証金はのちに返還される。ところが破った場合、また罪証隠滅や逃走を図った場合、保釈は取り消され、納付した保釈保証金が没収されることとなる(刑事訴訟法第96条)。いわば被告人が納付した保釈保証金が、保釈後の逃走や証拠隠滅の抑止力になるという運用だ。没収されないよう、取り決めたルールを守ることがのぞまれている。

 ところがその保釈保証金が返還されなくなることも覚悟の上で、保釈後に逃走したのが、小林であり、日産自動車前会長、カルロス・ゴーン(逃亡時65)だった。

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