日本の空を代表する日本航空が、取引先を装った詐欺で約3億8400万円の被害に遭ったことを公表した(※1)。2017年8月、アメリカ合衆国に置かれた事業所が取引先に支払う業務委託料の約2400万円を、2017年9月に海外の金融会社に支払う航空機リース料の約3億6000万円を、それぞれ騙し取られたという。
支払いの送金先はいずれも香港にある別々の銀行口座だった。日本航空は警視庁および、事業所のある米連邦捜査局(FBI)、送金先の口座がある香港の警察に被害届を出しているが、1年以上が過ぎた本書執筆時点においても犯人の検挙には至っていない。香港の銀行口座に振り込まれた約3億8400万円は、送金の数日後に何者かによって引き出され、そのまま闇に消えてしまった。
事件が発覚したのは、本来の取引先から支払いがなされていないとの催促を受けたからだという。つまり、取引自体は実際に行われるはずだったもので、送金先だけがすり替わっていたということになる。各種報道によると、いずれも送金の数日前に取引先を装った何者かから送金先口座の変更を伝えるメールが届いており、担当者はその指示に則って送金手続きを行ったという。日本航空は「このような事態を引き起こしたことを重く受け止め、再発防止を徹底する」(日本経済新聞・2017年12月20日)とコメントしているが、いったいなぜ犯人側が実際に存在する取引や担当者を知ることができたのかは公にされていない。
似たような事件はスカイマーク航空でも起きていた。2016年6月、取引先の担当者を名乗る相手から、約40万円の請求の支払先を香港の銀行口座に変更するとのメールが届き、それを受けたスカイマーク航空の担当者が指定された香港の銀行口座に入金。ところが口座が凍結されていて振込ができなかったため、不審に思い取引先に確認したところ、送られてきた変更メールが偽物だったことが判明。危うく難を逃れたという。
警視庁によって、オンラインメディア「さくらフィナンシャルニュース」の運営会社社長が恐喝と強要容疑で逮捕された。逮捕容疑は2016年3月、自らが運営するオンラインメディアに、株式上場を直前に控えていた不動産コンサルティング会社に関するウソの記事を掲載し、同社関係者にその記事を訂正する見返りとして400万円の支払いを約束させたうえ、17年2月と12月に合わせて160万円を実際に脅し取った疑いである。
さくらフィナンシャルニュースは、2007年に開設されたオンラインメディアで、当初はライブドアなどのポータルサイトに対して、適時開示情報など金融系ニュースの配信を行っていたとされる。2014年に運営会社が変わるが、その後も企業の訴訟事案などを積極的に扱うことで、法律関係者などからは一定の支持を得ていたようだ。だが、次第に企業を非難するような記事が増えていき(※2)、そういった流れの中で今回の事件が引き起こされたとみられる。
逮捕容疑となった記事の内容は、不動産コンサルティング会社に不正経理の疑いがあるというもの。上場を控えた不動産コンサルティングの経営陣を揺さぶる目的でウソの記事を掲載したと見られている。
これまでもオンラインメディアに掲載された記事を巡る訴訟は数多く起こっているが、運営会社の代表がフェイクニュースを使った恐喝容疑で逮捕されたのは珍しいケースだろう。
東京の中心部に僅かに残る料亭街。そこには今でも数軒の歴史ある置屋が立ち並び、東京では見かける機会の少ない芸者衆の姿を目にすることができる。その花柳界のベテラン芸者のもとに一通のお知らせが届いた。
芸歴40年以上になるさくら(仮名)がスマートフォンに買い替えたのは、そのお知らせが届く2ヶ月前。ようやく操作にも馴れ、好きな本をいつでもインターネット通販大手のアマゾンで買えることに便利さを覚え始めたばかりだったという。アマゾンで購入したものの代金は、携帯電話会社が通信料と一括で請求してくれることになっているから、支払いの手間が掛からないことも気に入っていたと語る。そこに不思議なショートメッセージが届いた。
〈料金の未払いがありますので、至急03・XXXX・XXXXまでお電話ください。アマゾン・ジャパン・カスタマーセンター〉
未払い料金? さくらは訝しみながらも、スマートフォンの操作で何か間違いがあったのかと思い、ショートメッセージに書かれていた都内の電話番号に電話を掛けてみることにしたと、当時の様子を振り返る──。
「はい。アマゾン・ジャパン・カスタマーセンターです」
いくつもコールしないうちに、事務的な男の声が返ってくる。
「弊社の有料コンテンツの利用代金が未払いになっておりますので、至急お支払いいただけますでしょうか」
「あの、コンテンツとはなんのことでしょう?」
「お客様がご利用になった、音楽配信サービスや占いサービスのことです」
「あの、請求書も何も届いてないのですが、なにかの間違いじゃ……」
「お客様が請求書は送らないで欲しいというご希望でしたので、そのようにしていたのですが」
「……。未払いはいくらでしょうか?」
「延滞料を含め、29万9600円です」
「えっ……」
「今日は日曜日で銀行振込はできませんので、今からコンビニに行って支払っていただけますか?」
「そんな急にはお支払いできませんけれども」
「ご返信がなかったので、本日がお支払いの最終期日ですね。このままでは裁判になってしまいます。それではお互いに時間と手間が掛かるので、まずは5万円だけでも支払って、返済の意思があることを示していただけませんか? 意思を示していただければ減額交渉に応じますので」
「……。とにかく出かける支度をするので、少しお待ちいただけますか」
さくらは一抹の不審さを感じながらも、自分が馴れないスマートフォンで何か間違った操作をしてしまったのではないかという疑念も拭えなかったようだ。外出の着替えをするため一旦、電話を切ると、すぐに着信音が鳴った。
「お客様、コンビニに着くまで電話を切らないでください」
……この顚末はどうなったのか。第1章の後半で改めて述べていこう。
ここに挙げた3つのケースのように、いまインターネットの世界には様々な「フェイク」があふれており、個人や企業を問わず、その脅威にさらされている。本書では、そうしたインターネット空間の現実と、その背後にあるカラクリを紹介していく。本書を通じて、いかに現実社会がフェイクウェブに蝕まれているのかを、少しでも多くの方に理解していただければ幸いである。
なお、本書タイトルのウェブという言葉は、インターネット空間を形作るワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の略語であり、いわゆるウェブサイト群全体を指す言葉として使われるもので、後述するサイバー攻撃に利用されるメールやアプリの技術まで意味するものではないが、前著『闇ウェブ』(文春新書)にならい、全体をイメージする言葉として用いることにした。本書は『闇ウェブ』の続編ではないが、併せて読んでいただくことで、サイバー空間の脅威について、より身近に感じていただけるよう書いたつもりである。また、前著同様にインターネットとサイバー空間という言葉については、ほぼ同じ概念を指すものとして記している。
※1 日本経済新聞・電子版(2017年12月20日):日本航空、偽メールで3億8千万円詐欺被害
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24866680Q7A221C1CC1000/
※2 ZAITEN(2016年4月号):HOYA、大崎エンジニアリング、フジ・メディア・HD…「新世代総会屋」に狙われる企業たち
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