トランプはメディアが生み出したモンスターでもある
新興メディアは政治をどう変えたのか。最先端を行く米国衝撃の現状をレポートし日本の将来像を読み解く
← 左にスクロール
シェア ツイート

1

前嶋和弘

危機に瀕するアメリカのメディア

歴史的にみる「メディアの分極化」の前と後


 アメリカのメディア★1 は、いま、かつてない大きな危機に瀕している。

 政治情報という「市場」のマーケティングに合わせた情報提供がここ15年ほどで一気に進み、保守とリベラルのいずれかの政治的立場を明確にした政治情報の提供も目立っているためだ。その代表的な例が、アメリカ国民の一番の情報源となっている24時間ニュース専門局(FOX NEWS、CNN、MSNBC)である。チャンネルを合わせれば、「報道」というよりも劇場的な「政治ショー」といったような、左右に偏った派手な口調でまくし立てる一方的な番組のオンパレードが続く。左右の政治勢力の一方を支援する政治アドボカシー(advocacy)を行う政治インフラに、報道機関が地盤沈下しつつあるようにみえる。

 ここに至るには複数の理由がある。

 まず世論の変化がある。アメリカの政治と社会が保守とリベラルの両極に分かれつつある「政治的分極化(political polarization)」が進み、アメリカの国民世論は南北戦争以来ともいえる激しい分断状態にある。政治的分極化が進む中、報道もこれに呼応し、まるで保守とリベラルの情報を提供する応援団に分かれつつあるようにもみえる。さらに1980年代のCATV(ケーブルテレビ)、衛星放送の導入による多チャンネル化、さらには90年代半ば以降のインターネットの爆発的普及で政治情報が飽和状態になってしまった。報道機関は激しい競争にさらされている。メディア同士の戦いの中、規制緩和もあり、世論の変化に合わせて政治情報も大きく左右に分かれていった。

 政治情報がマーケティング化された、この「メディアの分極化(media polarization)」現象は、いうまでもなく報道にとって自殺行為である。報道で最も大切な客観性を担保できないためだ。実際に真実がみえにくくなってしまっている。保守的な人々は「右」の情報を信じ、「左」からの情報を「フェイク」とののしる。リベラル側にとっては「右」の情報こそ、噓っぱちである。この状況は悲劇でしかない。

 生き残りが激しくなっている中、コメディのニュースも人気を博しており、虚実をさらにあいまいにさせている。

 さらに、技術的な変化は日常の取材からニュースの伝達までの過程を大きく変貌させている。かつて政治参加を生む基盤であった地方紙は次々に廃刊となり、新聞各紙はウェブ版が主戦場となりつつある。また、取材現場も大きく変わりつつある。AI(人工知能)を使った「ニュース制作」はすでに現実になりつつある。

 メディアの危機は政治の危機でもある。政治情報は民主主義の血液そのものだ。その血液が滞ってしまう状況に、アメリカは直面している。

 いったい、何が変わったのか──。

 本章では、アメリカ政治におけるメディアの役割の大きさとその背景を長期的に振り返りながら「メディアの分極化」に至るまでの変化を検証する。

]「メディアを中心に動く政治」という規範

 まず、アメリカ政治におけるマスメディア(以下メディア)の役割の大きさとその背景について振り返ってみる。特筆したいのは、アメリカの場合、政策過程の特徴から、政治におけるメディアの役割が他国に比べて顕著に大きいという点である。他の先進国と比べても、アメリカの場合は共生関係といえるほど政治とメディアとの関係は密接であり、「メディアを中心に動く政治(media-centered politics)」が現出されている。

(1)アメリカ建国に欠かせなかった新聞

 アメリカ政治におけるメディアの重要性の背景としてまず考えられるのが、そもそもアメリカという国の成り立ちにジャーナリズムが大きな位置を占めてきた点が挙げられる。アメリカにおける新聞や出版産業は独立前から盛んであった。18世紀の独立戦争の際には植民地の人々の声を代弁者として各種情報を伝えた。「建国の父祖(Founding Fathers)」の代表格であるベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)は新聞記者・編集者として名を上げ、独立運動を盛り上げていった。日本でも高校の世界史の教科書にも登場する合衆国の独立の必要性を説いたパンフレット『コモン・センス(Common Sense)』の著者トマス・ペイン(Thomas Paine)は雑誌経営者だった。

 さらに独立直後には、アメリカの政治システムの根本を議論する場が新聞であった。後に第4代大統領となるマディソン(James Madison)は、憲法制定の議論の際には、中央政府(連邦政府)創設を訴える連邦主義派(フェデラリスト)の代表的な存在として、州の権限を主張する反連邦主義派(アンチ・フェデラリスト)と激しい舌戦を繰り返した。その合衆国憲法の批准を推進するために書かれた連作書簡は『ザ・フェデラリスト(The Federalist)』と名づけられ、独立戦争での勝利直後の1787年から翌年に、匿名「パブリウス(Publius)」の名前で、新聞3紙に連載された。マディソン以外の『ザ・フェデラリスト』の実際の著者も「建国の父祖」たちであり、ハミルトン(Alexander Hamilton:初代財務長官)、ジェイ(John Jay:連邦最高裁判所初代長官)という大物であった。連邦政府創設の世論を高めるために『ザ・フェデラリスト』は平易な言葉で、主権は国民(共和制)とし「多数決」の原則を訴えた。しかし特定の人に権限や権力が集中してしまうのは問題であるため、徹底した権力の分立や連邦主義の重要性を強調した★2。これに対抗する反連邦主義派も新聞各紙に反論を掲載し、政治システムをめぐる激しい議論が新聞紙上で起こった。この『ザ・フェデラリスト』の議論は憲法の条文に結実していくだけでなく、いまでも政治学の古典として広く読み継がれている。このように独立革命から建国を支えたのがジャーナリズムであった。

 強い国家の下で国民が隷属する独裁的な体制こそ、反連邦主義派が新聞の書簡で懸念したことだった。興味深いことだが、合衆国憲法の起草者たちにとって、人々が統治上の決定権を持つ新国家の理想の政治システムは「共和制」であって、いまの私たちが頻繁に使う用語である「デモクラシー」ではなかった。それはなぜだろうか。デモクラシーの元々の意味である「大衆(demo)による統治(cracy)」の「大衆」は、判断力に欠け国家を統治する能力がないだけでなく、私利私欲に駆られた輩であるという印象が当時は強かったからである。合衆国憲法の起草者たちは「デモクラシー」が「衆愚政治」を意味すると信じていた。憲法の起草者たちは、人々の心を疑った。私利私欲に駆られた輩が誤った政治を行ってしまうのが人間の性であるためだ。とくに起草者が懸念していたのは、人々が徒党を組むことでデモクラシーそのものが「王様」を作り出してしまう可能性である。そうなってしまうと、イギリスからの独立が達成されても、衆愚政治という独裁君主へ隷属することになり、「自由」が危ぶまれてしまう。

 実際、『ザ・フェデラリスト』には、「デモクラシー」の欠点がしつこいほど繰り返されている。その中で、デモクラシーという言葉は「共和制」と比較対照され、人々が統治上の決定権を持つ制度としては「共和制」が圧倒的に優れていると指摘している。そして実際に、マディソンが中心となって起草し、批准された合衆国憲法には「デモクラシー」という言葉が1つも出てこない。この事実はいまの私たちにとって、驚きかもしれない。

 ただ、建国後、国家としてアメリカが成長していく過程において、「共和制」と「デモクラシー」の実際の意味の違いは、ほとんどなくなっていく。アメリカの理想は、欧州のような階級社会ではなく、普通の人々の社会であり、政治の決定が人々の手にゆだねられる過程で、憲法の起草者が「デモクラシー」という言葉に付随して感じていた否定的な意味も次第に消えていく。普通の人々が自由意志に基づき平等な立場で政治的な決定を行う制度であることは現代的な意味では共通している。つまり「デモクラシー」=「民主主義」ということになる。

 君主制が主流だった18世紀の実際の政治システムの中で人々に主権を与えることは想像もできないような革命的なものであった。その革命的な思想に基づき、普通の人々が政治についての情報を共有し自由意志に基づき平等な立場で政治的な決定を行う制度である民主的な政治制度を動かしていくために、新聞は欠かせなかった。

 憲法制定後の最初の連邦議会(1789年から91年)では人々の権利を守るために10の憲法修正条項が付け加えられる。各種人権を保障するこの条項は「権利章典(Bill of Rights)」と呼ばれ、「不当な捜索や逮捕の禁止」(修正第4条)、「正当な法手続」(同5条)、「陪審による裁判の権利」(同6条・7条)、「残酷で異常な刑罰の禁止」(同8条)などに先んずる形で、憲法修正第1条には「信仰・言論・出版・集会の自由」が定められた。つまり基本的人権の最初のものが「表現の自由」であり、現在まで他国に比べても「恐れずに伝える」ことがきわめて厳格に法的に担保されている。

 アメリカのメディアを支える根幹にはこの「表現の自由」という理念がある。「表現の自由」の観点から、メディアに対する規制は厳しくないため、政治的に多様で自由な意見を提供することができる。それがアメリカのメディアを支え続けており、今日に至っている。

シェア ツイート
第1章 危機に瀕するアメリカのメディア 歴史的にみる「メディアの分極化」の前と後(2)

この作品では本文テキストのコピー機能を無効化しています

01