結局「宇宙の始まり」とは? 現代宇宙論の到達点
今、宇宙の何がわかっていて、何がわかっていないのか。宇宙の「外側」とは? 気鋭の研究者が「究極の謎」に迫る。
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[第1章]

初期の宇宙はどこまで解明されているか

11 過去の宇宙からのメッセージ

 宇宙は今から約137億年前に「ビッグバン」という大爆発によって始まり、その爆発の余勢でずっと膨張し続けています。

 なぜ、そんなことがわかるのでしょうか。

 それは現代の科学の力にほかなりません。最初の章では、宇宙の始まりへと迫る科学的方法とは何かを説明していきます。それと同時に、宇宙の始まりについて私たちが現在持っている知識の限界も明らかにしたいと思います。

 結論を先に言ってしまえば、宇宙の始まりの謎は、宇宙が始まってからの非常に短い時間の中に凝縮しています。それがどういうことなのか、順を追って説明していくことにします。

 そこでまずは、時間をさかのぼって宇宙の過去を調べるための方法を見てみましょう。この方法では、時間を軸にして宇宙の姿を考えていくことになります。

 過去の宇宙に何が起きたかを調べようと思っても、タイムマシンで過去の宇宙へ戻ってみることはできません。現在の宇宙にしか存在できない私たちにとっては、過去の宇宙の情報を現在の宇宙のどこからか見つけ出してくる必要があります。

 昔の地球に恐竜がいたということは、恐竜の化石を見つけて調べればわかります。化石は過去の地球からのメッセージです。同様に、宇宙の中にも昔の宇宙の姿をかい見せてくれる化石のような痕跡を見つけることができれば、宇宙の過去に何が起きたのかを調べることが可能になるわけです。

 宇宙における化石にあたるものには、これから詳しく説明するように、いくつかの種類があります。それらのものはすべて、過去の宇宙からのメッセージとなります。このメッセージは、恐竜の化石ほどにはわかりやすい形をしていません。いわばそれは〝暗号〟で書かれています。この暗号を解読するためには、物理学の理論が必要になります。

 暗号で書かれた過去の宇宙からのメッセージをどうやって解読するのか、以下に順を追って見ていきます。

12 宇宙観測は天然のタイムマシン

 過去の宇宙からのメッセージを解読するにあたって、まず押さえておかなければならない大事なことがあります。それは、ある程度までは過去の宇宙の姿を直接的に見ることができる、ということです。これはどういうことでしょうか。

 宇宙からの情報は、光や電波などの形で波としてやってきます。光や電波というのは、どちらも「電磁波」の一種です。みなさんも静電気や磁石の力を感じたことがあると思います。この2種類の力に関係する波が真空中を伝わっているのが、光や電波です。すなわち、光も電波もその素性は同じということです。ただ、その波の長さ、つまり波長が違うというだけです。

 光も電波も、秒速約30万キロメートルという猛スピードで真空中を突っ走ります。30万キロメートルといえば、これは地球7周半分の長さをまっすぐに伸ばした距離で、そんな長大な距離を1秒間で通り過ぎてしまうわけです。私たちの日常的な感覚では、このスピードは無限に速いとも思えるほどです。

 でも、大きな宇宙の中で考えると、地球の大きさなど取るに足りません。地球から太陽まで進むには、そんな猛スピードの光でも8分あまりかかります。ということは当然、今見ている太陽の姿は8分あまり前の姿です。宇宙はさらに広大です。地球から太陽の隣の恒星であるプロキシマ星までは光のスピードで4年あまりもかかります。さらに地球から天の川銀河系のはしまでとなると、なんと10万年ほどもかかるのです。

 宇宙論で問題にするのは、これよりももっと大きな世界です。宇宙空間には無数の銀河が浮かんでいます。そういう世界からやってくる光は、私たちのところまで来るのにはるか何千万年、何億年、さらには何十億年もかかっています。

 より遠くの宇宙を見るということは、より過去の宇宙を見ることに等しくなります。遠くを見ることで過去の宇宙の姿が直接的に見られるわけです。実際に自分たちが過去に戻るわけではありませんが、過去を観察できるという意味では、一種のタイムマシンです。ここではそれを「天然のタイムマシン」と言っておきましょう(図2)。

 天然のタイムマシンを使えば、宇宙の姿がどのように変化してきたのか、つぶさに観察することができます。近くを見れば、現在に近い宇宙が見え、ずっと遠くを見れば、ずっと過去の宇宙が見え、その中間を見れば、中間の時代の宇宙が見えます。このように、宇宙では距離と時間が対応しています。こうして宇宙の歴史を観測できることになります。

 それでは、宇宙の最遠部を見れば宇宙の始まりの瞬間が見えるのでしょうか。

 残念ですが、遠くからやってくる光をいくら見ても、宇宙の始まりの瞬間を見ることはできません。なぜなら、宇宙を昔にさかのぼっていくと、光が物質に邪魔されて、まっすぐ進めない時代に到達してしまうからです。その先は曇りガラスを見ているようなものです。光はやってくるのですが、その先がどんな状態かはよくわかりません。つまり、光で見ることのできる過去は、光がまっすぐ進めるようになった後だけです。

 それがいつのことかというと、宇宙が始まってから約38万年後、つまり宇宙が約38万歳だった頃のことです。現在の宇宙はそれから137億年ほどっていますから、それに比べると38万歳というのはずいぶん若い宇宙です。この時点で宇宙に満ちあふれていた光は、それ以降はそのまま宇宙をまっすぐに進みます。この約38万歳の宇宙から直接やってくる光は、実際に観測されています。それが「宇宙マイクロ波背景放射」と呼ばれるものです。

13 劇的だった宇宙マイクロ波背景放射の発見

 この宇宙マイクロ波背景放射が実際に発見されたのは1965年のことでした。発見したのは、当時アメリカのベル研究所にいたアルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンです。

 彼らは、はじめからこの発見を目指していたわけではありませんでした。当初は電波を使って天体観測をしようとしていたのですが、観測用の検出器からどうしてもノイズ(雑音)が取り除けなくて困っていました。ところが、結局それはノイズではなく、宇宙の奥深くからやってくる信号、すなわち宇宙マイクロ波背景放射であったことが判明します。彼らはその功績により、1978年のノーベル物理学賞に輝きました。

 宇宙マイクロ波背景放射は、私たちが捉えることのできる最古の光であると同時に、この宇宙に始まりがあったという強力な証拠です。なぜなら、ビッグバン理論では熱い火の玉のような状態から宇宙が始まったとされ、その火の玉のような状態には光が満ちあふれていたからです。この後すぐに説明するように、この光が宇宙マイクロ波背景放射の起源です。そして宇宙に始まりがあると考えるビッグバン宇宙論だけが、この宇宙マイクロ波背景放射を自然に説明できます。

 実際、彼らの発見よりも前から、ビッグバン理論が正しければ宇宙マイクロ波背景放射が存在するであろう、そしてそれはいつか観測されるであろう、と予言されていました。でも、宇宙に始まりがあるという不愉快さからか、当時ビッグバン宇宙論はそれほどポピュラーな理論ではありませんでした。ペンジアスとウィルソンも、当時の多くの天文学者同様、はじめはビッグバン理論についてよく知らなかったのです。しかし、宇宙マイクロ波背景放射が実際に観測されたことによって、宇宙に始まりがあると考えるビッグバン宇宙論の正しさが証明されることになりました。

 この宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙論全体にとっても、とても重要なものです。この後の話にもたびたび出てくる大事な予備知識なので、それがどういうものなのか、その物理的原理を少しだけ説明しておきましょう(もし難しく感じられるところがあれば、そのようなところは読み飛ばしていただいても差し支えありません)。

14 宇宙が晴れ上がると光はまっすぐ進む

 宇宙マイクロ波背景放射はもともと、宇宙が今よりもずっと小さかった38万歳の頃に、宇宙全体に満ちた光として生まれました。もし私たちがその当時に行ってこの光を見ることができたなら、それは白熱電球のような黄色っぽい色に見えるはずだと計算されています。

 でも、その小さかった宇宙は膨張して、現在までに大きさが約1100倍になります。すると、空間を伝わっている波の波長も、その膨張した割合と同じだけ引き伸ばされてしまいます。つまり波長も約1100倍になります。光は電磁波の一種であり、光の波長が1100倍になると、それは電波と呼ばれる種類の電磁波に変化します。このため、宇宙マイクロ波背景放射は電波として観測されるというわけです。

 光や電波を使った天然のタイムマシンでは、宇宙マイクロ波背景放射が生まれた38万歳よりも昔の宇宙を見ることはできません。前述したように、その時代には光がまっすぐ進めないからです。

 宇宙の最初期では、宇宙の中にある物質の密度や温度が高く、物質はいわゆるプラズマの状態になっています。プラズマ状態とは、原子から電子が引きはがされた状態になっていることを言います。みなさんの中にはプラズマテレビを持っている人もいるかもしれません。そのディスプレイの中は、このプラズマの状態になっています。

 宇宙初期のプラズマ状態では、光は物質に行く手を阻まれてまっすぐ進めません。原子から引きはがされた電子が宇宙空間を漂っていて、そのような電子は空間を進む光を遮ってしまいます。

 その後、宇宙の膨張によって温度や密度が下がると、原子が中性化し、電子は原子の中に捕らえられてプラズマ状態ではなくなります。このとき、宇宙空間を漂う電子の数が急激に減少し、光の進路を邪魔するものがなくなります。

 これはちょうど、曇り空が急に晴れ上がったようなものです。曇り空では太陽の光が雲の中をまっすぐ進めませんが、晴れ上がるとまっすぐ進めるようになります。宇宙の中で光がまっすぐ進めるようになった、この出来事を「宇宙の晴れ上がり」と言います。宇宙年齢が38万歳のとき、それまで曇っていた宇宙がスカッと晴れ上がったということになります(図3)。

 このとき宇宙全体に満ちていた光は、それ以降まっすぐに進むようになります。そして長い長い旅をしているうちに電波に姿を変え、ようやく私たちのところにまで届いて、宇宙マイクロ波背景放射として観測されるわけです。よくこんなところまでやってきてくれた、ご苦労さん、と言いたくなります。

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第1章 初期の宇宙はどこまで解明されているか(2)

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