3・11から10年経っても、ほとんどが「机上の空論」
原発再稼働を決める条件にすらなっていない「原発避難計画」の実態。道路崩壊や段差、崖崩れ、津波被害や浸水被害による通行止め、さらには放射性物質の流れる風向きは――。原発のある町を訪ね歩き、実現可能な避難計画のありかたを検証する。

せめてN95マスクを

 川内原発の周辺を取材するにあたり、出迎えてくれたのは、前出のいちき串木野市の高木章次さんだった。東京から移り住んで5年以上になる。「避難するなら自転車」と話すので、若々しい……と思ったが、実はそれが最も早く避難できる、真っ当な選択かもしれない。

 20146月、川内原発12号機の再稼働をめぐり、九州が揺れた。90団体が所属する「ストップ再稼働!311鹿児島集会実行委員会」は、集会や議会傍聴を行い、反対を訴えたが、2015年に再稼働。高木さんも「川内原発30キロ圏住民ネットワーク」の共同代表として、住民の署名活動も行った。

 高木さんはイラストレーターでもあり、さまざまな…

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