「コミケ」「ボカロ」二次創作文化と著作権の行方
「情報と知財のルール」を作るのは誰か。これからの10年、論争の核となるアジェンダを第一人者が考える。

骨董通り法律事務所の10人の仲間たちに

1章 「SOPAの息子たち」

11 ネットを黒く塗れ!

〝ある法案〟成立前夜

 2012120日の朝、米国連邦下院議会のラマー・スミス議員は憂鬱でした。

 憂鬱の原因は、ほかにも(たとえば、高校生の長女がコスプレ好きで日本に留学したいと言い出したとか)あったかもしれません。しかし、間違いなくその最大のものは、ほんの数週間前から彼が突如、インターネット史上最も憎まれた法案の生みの親になってしまったことでしょう。

 史上最大のネット炎上事件。ある意味偉業ですが、まあ、かなり憂鬱な事態ですね。

 渦中の法案の名は「SOPA」。直訳すれば「オンライン海賊行為防止法」です。

 ネット上の、特に海外の海賊版被害に悩んだハリウッドの映画会社などが運動して、スミス議員が中心となって作った法案でした。

 どんな内容の法案か? たとえば裁判所は、

 1.海賊版の映像や音楽を載せた海外サイトへのアクセスの遮断を、日本でいえばニフティのような接続業者ISPに命令することができる。つまり、「侵害サイト」を米国のユーザーが見られないようにする。

 2.侵害コンテンツがクレジットカードなどで購入されても、サイトへの送金の停止をクレジットカード会社や「ペイパル」のような決済サービスに命令できる。

 3.侵害サイトをネットの検索結果から削除するよう、グーグルなどに命令できる。

 といった内容が盛り込まれていました。

 一言でいえば、海賊版を含む海外のサイトを米国のユーザーにとっては「ないことにする」ための法案です。

 もちろん、海賊版そのものを取り締まることができれば、それに越したことはないでしょう。しかし、中国などで多く見られる海外の海賊版サイトを、その国にまで行って取り締まるのは現実的には非常に難しい。そこで、米国からのアクセスや資金の流れを断つことで、間接的に締めつけようという狙いです。

 なるほど、確かにこれが通れば海賊版対策への効果は大きいでしょう。下院でこの法案が審議されていたのとちょうど同時期、上院でもPIPA(知的財産保護法)という、SOPAと同内容の法案が審議されていました。上下両院の多数議員の支持を得て前途有望、まさに成立目前の法案だったのです。

オバマの緊急声明

 ところが、ここから形勢がガラリと変わります。グーグル、フェイスブック、ツイッターなど、有力なネット企業が一斉に法案にかみついたのです。「ネット上に検閲を持ち込み、ユーザーの自由を過度に損ねるとんでもない法律だ」と。

 抗議の声は野火のように広がり、膨大なネット企業が反対を表明。118日を「SOPA Black Out Day」SOPA黒塗りの日)と名付けて、7000以上のネット企業が現実に何らかの抗議行動をおこないました(図表1

 たとえば、オンライン百科事典の「ウィキペディア」などはこの日、サービスを一日停止しました。ネットのストライキです。もちろん、日本からも英語版ウィキペディアにはアクセスできなくなりました。米国の国内法への抗議行動が、世界中のネットユーザーに影響を与えたのです。

 ユーザーからの抗議の声も一気に高まり、グーグルは単独で450万人分の反対署名を集め、議会に寄せられた反対メールは実に300万通を超えたとされます。

 一連の抗議行動に慌てたのはオバマ政権でした。反対活動が広がる中、「政府は海賊版対策は支持するが、表現の自由やネットの活力を減ずるいかなる法案にも反対する」と異例の緊急声明を出しました。つまり、SOPAなどが仮に議会を通っても、大統領は拒否権を発動すると予告したのです。さらにこの情勢を見た議員たちが次々と法案反対に転じ、法案推進派はまたたく間に孤立することになりました。

 そして120日、米国議会は両法案採決の無期延期を発表することになります。全米映画協会や全米レコード協会のようなSOPAの推進派は、「ネット企業が情報をゆがめて伝えた」と抗議しましたが、現時点で法案採決の見込みはまったく立っていません。

 ハリウッドがお膳立てし、上下両院の議員の大半が支持した法案が、わずか一週間でひっくり返される──。共和・民主を問わず強大な政治的影響力を誇って来た知財系ロビイに対する、シリコンバレーのIT企業勢の圧勝でした。

「何かが変わる」──。そんな熱気と自信が米ネット業界には充満したことでしょう。少なくとも、この数週間後までは。

12 欧州で燃え上がった反ACTAと「ネットの自由」

怒れるユーザーたち

 2012211日、EU各国の知財政策担当者たちも憂鬱でした。

 ドイツで、スウェーデンで、ヨーロッパの200以上の都市で、路上には奇妙な仮面をかぶりプラカードを持った若者たちがあふれています(写真12。デモ参加者は、ドイツだけで25000人を超えたといわれました。

 デモ参加者たちがかぶっている仮面は、「ガイ・フォークス」といいます。米国での「ウォールストリート占拠デモ」の際にも多くの参加者がかぶっていたので、ご存知の方も多いでしょう。「ガイ・フォークス」は17世紀イギリスの実在の暗殺犯。その仮面は「匿名と抵抗のシンボル」として欧米の若者の自由化運動などではしばしば登場します。

 彼らは何に反対しているのでしょうか。原発稼働? 中東での人権抑圧? いや、違います。抗議の対象は、著作権に関する〝ある条約〟でした。

 条約の名はACTA。日本では「模倣品・海賊版拡散防止条約」「偽造品取引防止協定」などと呼ばれます。

 やはり世界的な海賊版・模造品被害の広がりに対して、米国や日本の主導で作られた条約です。主な内容はというと、著作権や商標権を侵害する海賊版・模造品の輸入・販売について、

 1.裁判所が差し止めを命じられる。

 2.一定の「みなし賠償金額」を採用して、被害者が損害賠償を請求しやすくする。

 3.そうした行為に刑事罰を科す。

 などの立法を加盟国に求めるものです。

 一見すると、それほど過激なものではなく、日本法にもすでに存在する「マイルド」な規定が中心です。20121月の時点で、日本・米国・韓国・オーストラリア・カナダなどに加えてEU22ヶ国が署名済み、発効も間近といわれた条約でした。

 ところが、欧州の若者・ネットユーザーたちは抗議の声を上げました。「ACTAはインターネット上の検閲を許し、表現の自由とプライバシーに反する過度な政府介入だ」というのです。これはSOPAの反対理由とほとんど同じです。特に、いくつかの条文があいまいで拡大解釈を許しそうに見えたこと、ACTAが条約成立まで徹底した秘密交渉下に置かれたことが激しい批判を呼びました。そして、そこに米国SOPA騒動が飛び火します。

 確かに、欧米の消費者は伝統的に、政府による表現規制や自由の束縛に対しては平均的な日本人よりずっと真剣に反応します。それでも、著作権の条約に数万人規模の反対デモ。いかに知的財産意識の強い欧米といえども、5年前には考えられなかった光景でしょう。

 そもそもEU諸国では、各国がいくらACTAに署名しても、欧州議会の承認がなければ発効しません。ACTAに反対するネット上の署名は300万人を超えたとされ、大規模デモ直後の220日には、審議の中心にいたフランス選出の欧州議員が条約に抗議して辞任する事態に至りました。後で登場する「海賊党」運動の本家・ドイツなどは早々に、欧州議会の承認まで国としての署名は見合わせると発表しています。

 こうした流れを受けて欧州議会も反ACTA一色となり、5つの関連する委員会が次々と条約を否認。74日、本会議は47839という圧倒的な大差でACTAを否決しました。本書執筆時点20128月)で、EUに関する限りACTAは「終了」、さらに他国での発効にも黄信号がともった状態です。

13 知財で激しく対立するTPP

〝世界最大の経済圏〟

 しかし、2012430日、日本の野田佳彦首相は欧米の知財担当者よりもっと憂鬱だったかもしれません。

 首相としての滑り出しは順調でした。「どじょう宰相」のフレーズで、(例によって)就任前後の国民の受けはまずまずだったでしょう。

 しかし、原発、消費税、年金改革など数々の課題を抱え、小沢一郎元代表のグループとの確執、空転する国会と新党の台頭に悩まされ、重要法案はたなざらしのまま解決の糸口は見えなくなる。

 そしてこの日、オバマ米大統領との首脳会談で予定していた〝ある条約〟への正式参加表明も、国内の意見対立が解けず再延期を余儀なくされたのです。

 その条約の名はTPP。「環太平洋経済連携協定」と呼ばれます。

 TPPは、いわゆるFTA(自由貿易協定)といわれるものの一種です。域内の関税を撤廃し、貿易の障壁と考えられる国内制度(非関税障壁)を大幅に変更する内容を含むもの。当初の加盟国はシンガポールやブルネイなどの4ヶ国でした。ところが、これに米国・オーストラリアなど5ヶ国が参加を表明し、続けて日本・カナダ・メキシコが参加に前向きな姿勢を表明したあたりから形勢が変わり始めます。日本まですべてを合わせれば域内GDPは実に242000億ドル1936兆円)以上。同50兆円程度の「小国間の貿易協定」に過ぎなかったものが、一気に、人口・GDPともにEUNAFTA(北米自由貿易協定)をしのぐ世界最大の〝経済圏〟に成長する可能性を帯びたのです。

 日本国内では、輸出振興を期待し、また日本抜きでの太平洋経済ブロックの出現を嫌う経済界は総じてTPPへの参加を歓迎。「国を開いて打って出るべし」「中韓を牽制してアジアで影響力を確保するためにも早期参加を」と訴えます。

 他方、農業・医療などの産業界は大反対。「安価な輸入品で日本の農家は壊滅し、デフレが加速する」「医療・福祉など国内制度が破壊される」と警戒します。首相お膝元の与党・民主党でさえ、「米国に都合の良い制度を押し付けられるだけ」とTPP反対意見は根強く、小沢派の離党後も賛否対立はとけません。

米国の危機感

 このTPP、「非関税障壁の撤廃」として21もの分野で大幅な国内制度の改正をともなうといわれます。しかし、参加国の間で深刻な対立を招いている分野の代表格が、著作権・特許などの知的財産だということはあまり知られていません。そしてそこには、SOPAACTAが激論を招いたのとまったく同根の問題があることも。

 特に米国政府は、知財・情報項目をTPP交渉の重要分野と位置付けています。それはなぜか。コンテンツとITは米国最大の輸出産業にして、国力の源だからです。

 最近の報道によれば、その輸出額は農業や自動車などをりようし、特許・著作権使用料だけで年間96兆円という驚異的な外貨を稼いでいるとされます。収支だけにとどまりません。拡散するソフトパワーは1990年代以降、米国の力の源泉です。「落日の超大国」どころか、21世紀の世界を席巻するコンテンツ・IT系企業は、ほぼ米国勢で占められているのです。

 この知財面での米国の強い要求に対して、各国の反発もまた高まっている様子が、外務省や海外報道の伝えるTPP交渉の模様から明らかになってきました。おそらく各国の反発には、知財保護に熱心な欧米ですら、反SOPAや反ACTAがあれほどの盛り上がりを見せた状況も影響を与えているのでしょう。20127月には日本より遅れて名乗りを上げたカナダ・メキシコの交渉参加が正式に決まり、多くの分野では交渉の進展が伝えられています。しかし、知財に関して届くのは「難航」の情報ばかりです。

 20125月、TPPのダラス交渉ラウンドにあわせて、全米の主要な33の業界団体が連名で、オバマ大統領に公開書簡を送りました。署名に名を連ねたのは、米国商工会議所を筆頭にMPAA(全米映画協会)RIAA(全米レコード協会)AAP(全米出版社協会)BSA(ビジネスソフトウェア連合)BIO(バイオテクノロジー産業協会)など、名だたるコンテンツ・知財系産業のロビイ団体。内容は、TPPの知財条項が交渉の中で骨抜きになることに強い警告を発し、強硬な交渉を大統領に迫るものです。米側の危機感が伝わってきます。

 TPPは当初2012年中の妥結が目指されていましたが、こうした知財を含む各国の深刻な対立もあって、本書執筆時点、このスケジュールは達成困難になったと伝えられています。

第1章 「SOPAの息子たち」(2)

この作品では本文テキストのコピー機能を制限しています

01