デモクラシーは長期的には想像力を人間の外にあるすべての対象から引き離し、人間にのみ縛りつけると私は確信する
第2巻(1840年)では,デモクラシーが人々の知的活動、感情、道徳などに及ぼす影響を考察。(全4冊)

第一部 デモクラシーが合衆国における知的運動に及ぼす影響

第一章 アメリカ人の哲学、その方法について


 文明世界で、合衆国ほど人が哲学に関心をもたぬ国はないと思う。

 アメリカ人は彼らに固有の哲学流派をもたず、ヨーロッパで相争っているいかなる哲学流派にもまるで関心を示さない。それらの名前さえほとんど知らない。

 それにもかかわらず、合衆国のほとんどすべての住民が精神を同じように導き、同じ規則に従って頭を働かせていることはたやすく見てとれる。すなわち、彼らはその規則を定義する労こそとったことがないが、彼らすべてに共通のある哲学の方法を有するのである。

 体系の精神、習慣のくびきから脱し、家の教えや階級の意見、いや、ある程度までは、国民の偏見にもとらわれない。伝統は一つの情報に過ぎぬとみなし、今ある事実は他のよりよいやり方をとるための役に立つ研究材料としか考えない。自らの手で、自分自身の中にのみ事物の理由を求め、手段に拘泥せずに結果に向かい、形式を超えて根底に迫る。これらが、アメリカ人の哲学の方法と以下に呼ぶものの主要な特徴である。

 さらに進んで、これらさまざまな特徴の中でも主要なもの、他のほとんどすべてを要約し得るような特徴を求めるならば、精神を働かす多くの場合、アメリカ人はみな自分一個の理性の働きにしか訴えないということに気づく。

 アメリカはだからデカルトの教えを人が学ぶこと最も少なく、これに従うことは最も多い国の一つである。これは驚くにあたらない。

 アメリカ人がデカルトの作品を全然読まないのは、社会状態が彼らを思弁的研究から遠ざけるからであり、その教えに従うのは、同じ社会状態がこれを採用する方向に自然に彼らの精神を向かわせるからである。

 民主社会にみなぎる絶えざる運動の中で世代間の絆はかんあるいは断絶し、誰もが簡単に祖先の考えの跡を見失い、これを気にかけなくなる。

 このような社会に生きる人々が、属する階級の意見を自分の信念とすることはましてありそうにない。なぜなら、そこには階級はないも同然であり、なお存在する階級も、構成要素の変動が激しいために、集団全体が成員に本当に力を及ぼそうとしてもできないからである。

 一人の人間の知性が他の人間の知性に働きかける作用について言えば、市民がほとんど同じになって誰もが親しく付き合うような国、争い難い偉大さや優越性を誰にも認めず、真理のもっとも明白で身近な源泉として絶えず自分自身の理性に立ち返る国にあっては、そのような作用は必然的に強く限定される。このとき、ある特定の人間への信頼が失われるだけでなく、およそ他人の言葉を信用しようという気がなくなる。

 誰もがだから固く自分の殻に閉じこもり、そこから世の中を判断しようとする。

 判断基準を自分の中にしか求めないというアメリカ人の習慣は彼らの精神をまた別の習性に導く。

 彼らは実生活で出会う小さな困難をことごとく人のたすけを借りずに解決しているので、そこから容易に、世界のすべては説明可能であり、知性の限界を超えるものは何もないと結論することになる。

 こうして、彼らはとかく自分の理解し得ないものの存在を否定してしまう。不可思議なるものに滅多に信をおかず、超自然的なものをほとんど頑として受けつけないのはこのためである。

 自分自身の目で確かめたことしか頼りにしない習慣なので、関心のある対象をはっきり見ることを好む。したがって、できる限り対象を周囲から切り離し、対象から自分を隔てているものをすべて取り除き、より近くから白日の下に見ようとする。このような精神傾向はやがて形式の無視に導き、彼らはこれを自分と真理とを隔てる無益で不便な被膜とみなすようになる。

 アメリカ人にはだから彼らの哲学の方法を書物に求める必要がなかった。自分自身の中に発見したのである。ヨーロッパでかつて起こったことについても同じように言えるであろう。

 これと同じ方法がヨーロッパで確立され、普及したのは、境遇が平等になり人々が似た者同士になるにつれてのことであった。

 ここで少し時の鎖をってみよう。

 一六世紀、宗教改革者たちは古くから信ぜられてきた教義のいくつかを理性の検討の下においたが、他のすべてについての議論はなおこれに許さなかった。一七世紀には、自然諸学においてベーコンが、狭義の哲学においてはデカルトが、それまで受け入れられてきた公式を廃し、伝統の支配を破り、大家の権威を覆した。

 そして一八世紀の哲学者たちはこの同じ原理を一般に拡大し、各人のあらゆる信仰対象を個人の検討に委ねることを企てた。

 ルター、デカルト、ヴォルテールは同一の方法を用いており、ただこれをどこまで適用するか、その広狭について主張をことにしていたに過ぎない。これは誰の目にも明らかであろう。

 宗教改革者たちがあのように狭く宗教的観念の中に閉じこもったのはどうしてか。デカルトはその方法をあらゆる物事に適用しようと思えばできたのに、ある特定のことがらにしか用いようとせず、自ら判断しなければならぬのは哲学の問題だけであって、政治の問題ではないと宣言したのはなぜか。ところがこの同じ方法が、一八世紀になると突然に、デカルトとその先駆者たちが思いもよらなかったほど広く、また彼ら自身あえてそこまで広げるのを拒んだ領域にまで適用されるようになったのはどのような事情からだろうか。ついにこの時代になると、この方法は学問の場を出て社会に浸透して知性の共通基準となり、フランス人の間に一般化するや、ヨーロッパのすべての国民があるいは公然と採用し、あるいは暗黙に追随するものとなった。どのようにしてこうしたことが起こったのだろうか。

 いま論じている哲学の方法は一六世紀にはじめて生まれ、一七世紀に明確に定式化することが可能となったものである。だがこの両世紀には広く共通に用いられることはあり得なかった。政治の法制と社会状態、そしてこの二つの主要原因に発する精神の習慣がそれを妨げていた。

 この方法は人々が平等になり始め、類似しだした時代に見出された。そして境遇がついにほぼ同じになり、人がみなほとんど似たものになったときはじめて、一般に広がったのである。

 一八世紀の哲学の方法はだから単にフランス的なものではなく、民主的なものである。これこそ、それがあれほど容易にヨーロッパ全体に受け入れられ、その様相を一変させるのに大きく貢献した理由を説明する。フランス人はその古き信仰を変え、古き習俗を改めることによって、世界をくつがえしたのでは決してない。それは彼らがはじめて、一切の古き事物を攻撃し、あらゆる新しきものへの道を開くのに役立つ一つの哲学の方法を広め、明確に打ち出したからなのである。

 ところで、アメリカにおける平等はフランスに劣らず完全でそれ以上に古いが、にもかかわらず、今日フランス人の方がアメリカ人より厳格にこの方法に従い、より多くこれを用いているのはなぜだろうか。そう問われるならば、その原因の一半をなす二つの事情があり、まずこれを理解する必要があると答えよう。

 イギリス系アメリカの諸社会を生んだのは宗教である。この点は片時も忘れてはならない。合衆国では、だから宗教はすべての国民的習慣と一体化し、祖国に触れて生まれるあらゆる感情とこんぜん一体となっている。このことが宗教に格別の力を与えているのである。

 この強力な理由に加えて、それに劣らぬもう一つの理由がある。アメリカでは、宗教がいわば進んで自己に限界を付し、宗教的秩序と政治的秩序がまったく明確に分かれているので、古い信仰を揺るがすことなく、容易に古い法律を変更することができたという事実である。

 キリスト教はだからアメリカ人の精神に大きな支配力をもち続け、とりわけ指摘しておきたいのは、それが批判を経てはじめて採用される一個の哲理としてのみならず、議論抜きに信ぜられる宗教として行き渡っているということである。

 合衆国ではキリスト教の諸宗派は限りなく多様化し、絶えず変化しているが、キリスト教そのものは逆らい難い一個の既成事実であって、攻撃しようとするものもなければ、擁護をかってでるものもない。

 アメリカ人はキリスト教の主要な教義を批判なしに認めてきたので、それらの教義に由来し、淵源する道徳上の真理の大半も同じように受け容れざるを得ない。このため個人の分析作用の及ぶ範囲は狭く限られ、人間のもっとも重要な意見のいくつかはこれから免れている。

 私が先に述べた事情のもう一つは次のことである。

 アメリカ人は民主的な社会状態と憲法を有するが、民主革命を経験したことがない。彼らが現在住む土地にたどり着いたとき、彼らの状態は今日われわれの眼に映る彼らの姿とほとんど変わらなかった。これは重大なことである。

 どんな革命も古い信仰を揺るがして権威を弱め、人々の共通の観念を曇らせるものである。あらゆる革命はだから多少とも人々を自分の中に閉じこもらせ、一人一人の精神の前にほとんど際限のない空白をおくことになる。

 旧社会を構成したさまざまな階級間の闘争が長く続いた末に境遇が平等になる場合、隣人に対する羨望と憎悪と軽蔑、また自分に対する誇りと過剰な自信が人の心にいわば侵入し、しばらくの間これを占領する。このことが、平等と無関係に、人と人とを分裂させるのに強く作用し、他人の判断を信用せず、自分自身の中にのみ理知の光を求めるようにさせる。

 このとき誰もが独立独歩を目指し、万事に自分なりの信念をもつことを誇りとする。人々の間にはもはや利害のつながりしかなく、思想によって結ばれていないから、人間の意見は知的なほこりのごときものしか形成せず、それはどこへでも漂い、一つにまとまって定着することがない。

 したがって、平等が確立しだしたその瞬間、またそれを根づかせる辛い努力の間ほど、平等の前提する精神の独立が大きく、過剰に見えるときはない。それゆえ、平等が与える可能性のある知的自由を革命のもたらす無政府状態から注意深く区別すべきである。将来に対して過剰な期待と恐怖をいだかぬために、この二つは分けて考えねばならない。

 新しい社会に住む人たちは個人の理性をしばしば行使するだろうと私は思う。だが、彼らがそれをしばしば乱用するとは決して思わない。

 この点はすべての民主国により広く当てはまるある原因に由来しており、その要因が長い間には個人の思考の独立を決まった限界に、時には狭い限界の中に閉じ込めてしまうに違いない。

 この点は次の章で述べよう。

第二章 民主的諸国民における信仰の主要な源泉について

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