「未知の宝庫、だから研究者は南極を目指す」
「南極は静かすぎて己の心臓の音が聞こえるという」そんな話に惹かれ南極観測隊となった著者の1年4カ月の滞在記。

成田からオーストラリア、南極へ

 20171127日。第59次日本南極地域観測隊は東京成田国際空港を出発、翌28日にオーストラリア西部の街パース経由で同国内の港町フリーマントルに到着した。フリーマントル港には、観測隊より約1ヶ月早く日本を出発した海上自衛隊の砕氷船「しらせ」が待っていた。最初期の1956年からそうだったように、観測隊の輸送は海上自衛隊が担う。現在ではここから「しらせ」にて海路で南極を目指す。

「しらせ」は海上自衛隊の自衛艦の一つであり、さまざまな観測機器を載せた観測船でもあるのだが、最も特徴的なところは、日本唯一の砕氷船であるという点だ。

 ご存知のとおり南極は凍てついた場所である。空気は冷たく、海には海氷が浮かび、ペンギンは腹這いになってうろつき、妖精もラララ踊っている。通常の船舶がこのような海氷にぶつかれば船体を損傷して航行不能になってしまう。だが「しらせ」には「ラミング(Ramming)」という、自重で氷を砕いて進む機能が備わっており、力業で南極大陸に近づくことができる。

 122日、観測隊は「しらせ」に乗り込み、フリーマントル港を出発。ここから片道3週間ほどかけて南極へ向かう。「しらせ」の南極までの航路は、図表11の通りである。

「しらせ」南緯55度を通過す

 船に揺られること5日目、2017127日、午前7時(船内時刻)、第59次南極地域観測隊を乗せて南進していた砕氷船「しらせ」は南緯55度を通過する。

 この線を通過した瞬間に何が変わるかご存知だろうか?

 南極に入る?

 オーロラが見えるようになる?

 海氷が浮かぶようになる?

 ペンギンが現れるようになる?

 いずれも正解ではない。答えは、観測隊員に「極地観測手当」が出るようになる、だ。

 南極。英語ではAntarcticという。Arcticが北極のことで、頭についているAntは日常的にも使われる「アンチ」だ。北極の反対、で南極というわけだ。

 図表12に南極点を中心とした地図を示す。多くの地図は慣習的に北を上に描くが、南極点を中心にすると、あらゆる方向が北になってしまう。そのためこの図では経度0度(イギリスのグリニッジ子午線を通る線)を通る線が上を向くように描いている。南極大陸は地球の陸地の12分の1を占める(棚氷を含む大陸面積約1390万平方キロメートル)。日本列島の約37倍の面積で、オーストラリア大陸よりも広大な大陸だ。

 特徴的なのはその高さで、最大で4000m超(富士山より高い)。平均でも標高は約2020mと、他の大陸の2倍以上の高さがある。ちなみに日本の南極基地の中で最も高い標高にあるドームふじ基地は3810mに存在する〈天国に最も近い〉基地である。

 この長大な標高を作り出しているのは、大陸の上に載っている氷の塊、すなわち氷河である。氷河の中でも特に大きいものを氷床と呼ぶが、南極氷床は馬鹿でかい。どのくらい馬鹿でかいのかというと、基盤岩(氷の下にある陸地)からはみ出して海に浮いている棚氷も含めた、平均の厚みが1937m。平均標高約2020mの南極大陸にあって、基盤岩の高度は平均してわずかに89mしかない。残りはすべて氷の山である。地球上の淡水の7割近くが南極大陸の氷だという。

 南極大陸の95%以上は雪と氷に覆われていて、であれば、寒い。いや、寒いから雪と氷の世界になるのか。海岸付近こそ年平均でマイナス10℃程度であるが、南極大陸は内陸に行けば行くほど寒くなり、ほぼ常にマイナス30℃を下回る。冬になればマイナス80℃よりも寒くなることすらある。

 こんな場所に28以上の国が70以上の基地を持っており、越冬までするのは約20ヶ国、40以上の基地。日本の昭和基地もこの中に入る。

 筆者ら南極観測隊員を乗せた砕氷船「しらせ」は、その昭和基地を目指している。

極地観測手当

 話を南緯55度、極地観測手当に戻そう。手当とはつまり、そう、お金のことだ。

 観測隊員に支給される『南極地域観測隊心得』では、観測隊員の給与等の支給について以下のように定めている。

 俸給その他の給与等は、すべてその者が所属する機関の給与等に関する規定の定めるところによって支給される。

 極地観測手当(相当分)は、南緯55度以南の区域で勤務する場合、その日数に応じて級別日額により支給される。その他旅行手当として、日当、食卓料が支給される。

 つまり、通常の給与の他に特別手当が出る、ということだ。金である。あらゆるものが手に入る金である。溢れるほどに欲しい金である。

 いったいいくら貰えるのか? 南極観測は国を挙げての国家事業であり、税金で賄われているのだが、しかし目指すは南極である。危険な大地だ。極地観測手当は危険手当といってもよいだろう。きっとものすごい金額が貰えるはずだ。

 極地観測手当は国家公務員の特殊勤務手当に準じる。人事院規則93029条で定められる極地観測手当は等級に応じて幅があるが、一日あたり1800円から4100円。自分は観測隊としては若い部類で、大きな役職にも就いていないのでほぼ最低ランクだろう。計算を簡単にするために2000円として、南緯55度以南にいる日数を約450日としてみると……90万円。約100万円。

 む。

 なんというか……こう、けっして安くはない金額で、紙で巻けばビンタができる札束が作れる金額ではあるのだが、もうちょっと、へへ、あの、手当を上げていただいてもよろしいのでは……と浅ましく揉み手したくなるものだが、実際にしようものなら凄まれて手首を切り落とされるのでしない。税金を使って行っているので、金のことを語るには風当たりは厳しい。南極は地球上で最も風が強い地域のひとつなので、物理的にも風当たりは厳しいだろう。船、食料、燃料、ゴミ処理、観測・設営活動とあらゆるところに金がかかるのだから、極地観測手当などというところに割く余裕などほとんどないのだ。

 南極探検の歴史において、特に有名な3人の男がいる。ロアール・アムンセン、ロバート・スコット、そしてアーネスト・シャクルトン。

 20世紀初頭、未だ南極点が人類未到達点だった時代、シャクルトンは南極探検のメンバーを募集するため、次のような新聞広告を出したという伝説がある。

男子求む

至難を極めし航海

薄給、極寒、続く暗黒、常なる危険

生還の保証無し

成功時には名誉有り

 南極観測がお金持ちとほど遠いのは、いつの時代も変わらない。

第1章 2017年11月、砕氷船「しらせ」(2)

この作品では本文テキストのコピー機能を制限しています

01