「規則正しい生活」は、本当に体に良い?
あなたは「朝型人間」? 「夜型人間」? 心身の健康は「時間」がキーワード。「病気と予防の時間生物学」入門。

1 章  体内時計と現代病

医学ははたして無力なのか

 現代の日本は一時の目覚ましい経済発展からは衰退したかもしれませんが、今もなお豊かな生活を享受できていることに異論をとなえる人はいないでしょう。

 実際、日本ではどこに行ってもあらゆる物にあふれています。近所のコンビニやスーパーに行けば、食糧をはじめとする生活必需品はほぼ揃えることができます。病院もあちこちにたくさんあり、僻地でなければ医療に困ることはないでしょう。医療機器は充実し、医療の技術が進歩し、医薬品も多数開発されてきました。お医者さんや看護師さんも近所にたくさんいます。それなのに、私たちはいまだ病気におびえる暮らしを続けています。テレビやインターネットから流れてくる、病気に関するニュースがいかに多いかということからも、それを納得できるでしょう。

 厚生労働省の調査によると、現代の日本では、老衰、すなわち自然死は実に約3%に過ぎないと報告されています(図1。つまり、多くの人は何らかの病を抱えて死に至るということです。これまで私たちの社会は、医学に莫大なお金を投資してきました。にもかかわらず、病が一向に減る気配がないというのは一体どういうことでしょうか。

自然の中で生きるために最適化されたヒトの体

 さて、生命は約40億年前に地球上に現れたと言われています。そして、ヒト(学術的には生物名はカタカナで示します)の起源と考えられている猿人は数百万年前に出現したと推定されています。他方、私たちヒトの一生はせいぜい長くても100年程度であり、私たちが日々の生活で関わる時間の単位はもっと短いものです。ですから、「40億年」や「数百万年」といったスケールの時間を実感するのは難しいものです。ただ、この数字からは、ヒトがとてつもなく長い時間をかけて進化してきたということは想像できると思います。

 私たちの体の設計図である遺伝子は数万種類あると言われていますが、すべての遺伝子はほんの少しずつ変化する性質を持っています。この遺伝子の変化が精子や卵子などの生殖細胞に受け継がれると、次世代に伝わっていくことになります。

 生殖細胞がつくられる際には、すべての遺伝情報を次の世代に伝えるために、すべての遺伝子が複製される必要があります。それから、生殖細胞が分裂によってつくられる際に、これらはそれぞれの細胞に分配されます。しかし、複製される遺伝子は高等な生物では数万種類に及ぶため、複製の過程において、ある頻度でエラーが生じます。このエラーはほとんど意味のない場合も少なくないのですが、遺伝子の機能を少し変えることもあれば、エラーの起こる場所によっては疾患として問題を起こすこともあります。このエラーが生殖細胞で起これば、それは結果的に次世代、すなわち子供に受け継がれることになります。遺伝子は体の設計図ですから、このようなことが繰り返されることで、世代が変わるごとに、体の構造から性質に至るまで少しずつ変わっていくことになります。

 また、このような偶然的な変化(複製時のエラー)とは別に、ヒトのように、異性間での交配によって繁殖が行われる場合は、遺伝子の組み合わせのシャッフルによって無限とも言える変化を次世代に生み出すことが可能になります。

 先ほど、皆さんの体に存在する遺伝子の種類は数万に及ぶと述べましたが、それぞれの遺伝子には、父親から受け継いだものと、母親から受け継いだものが存在します。つまり、それぞれの遺伝子について二つずつ持っていることになります。そして、子供に伝わる際には、それぞれの遺伝子について、二つのうちどちらかが生殖細胞に入ることになります。そのどちらが子供に伝わるかは基本的にランダムです。そうなると、子供に伝わる遺伝子の組み合わせはまさに無限大ということになります。

 例えば、説明を単純化するために、遺伝子が3種類だけの場合で考えてみます。大文字が父親から受け継いだ遺伝子、小文字を母親から受け継いだ遺伝子としてアルファベットで表してみます。すると体の中には、AaBbCcという3種類の6遺伝子が存在することになります。それぞれ、二つのうちどちらかが生殖細胞に分配されるとすると、子供に伝わる遺伝子の組み合わせは、ABCABcAbCAbcaBCaBcabCabcと、8通りあることになります。遺伝子の数が数万種類となれば……確率的に二人と同じ子供は生まれてこないということになります。

 このような遺伝子そのものの変化、および遺伝子の組み合わせの変化などにより、世の中には、特徴は似ているとしても、まったく同じ顔を持つ人間はいないということになります(例外として、一卵性の双子ならばほぼ同じ遺伝子を持っていることになります)。これがヒトの個性であり、多様性です。

 この多様性は、生物が環境の変化に備えて獲得した戦略です。「獲得」という言い方は、生命があたかも意志を持って変化してきたように聞こえるので、正確な言い方ではないかもしれません。獲得したというよりは、このような形質を持つ生物が地球上で生き抜くために有利だったので、これまで存続できたという方が好ましい表現でしょう。

急激な環境変化が病気の原因

 では、なぜ、このような形質を持つ生物が「有利」だったのでしょうか。それにはさまざまな説が存在するために説明するのは難しいのですが、あえて一言で言うなら、集団の中にさまざまな個性をつくり出すことのできる生物種が、環境が変化しても生き残ることができたということになります。

 極端な例を挙げましょう。例えば地球上に、

 (1)暑さに強い集団

 (2)寒さに強い集団

 (3)両方が混ざった集団

 以上の三つの集団が存在するとします。異常気象が起きて気温の低下が続いた場合、生き残るのは(2)と(3)の集団になります。逆に、気温上昇が長期にわたって続いた場合、生き残るのは(1)と(3)の集団になります。ここから分かるのは、気温の低下が続いても、逆に高温が続いても、有利なのは(3)の集団であるということです。つまり、いろいろな個性を持つ個体が混ざっていれば、どれかが生き残ることで種の絶滅をさけることができるのです。

 このように、生物は他の生物と切磋琢磨しながら、環境の変化によって絶滅しないように多様性を維持しているうちに、途方もない時間をかけて地球環境にフィットするように進化してきたといえます。

 一方、この地球環境も変化してきたわけですが、その時間スケールはゆっくりとしたものです。だから生物は、多様性の戦略とともに時間をかけて対応することが可能でした。しかしながら、ヒトはさまざまな科学技術を発達させ、自身の生活する環境を激変させてきました。特に、科学技術の進歩によってもたらされた近代以降の変化のスピードは、生命史上ではおよそありえなかったもので、じっくりと進化してきた私たちの体ではとても追いつくことができないものでした。

 そしてこれこそが、現代病を引き起こす原因です。

 まず、私たちはこの数百年の間に農業の技術を飛躍的に高めました。それによって、特に先進国は飽食の時代を迎えました。また、照明の発達によって好きな時間に活動するようになり、交通機関の普及や仕事のスタイルが変化したことで、歩く機会がそれ以前の時代と比べて格段に減少しました。そして、テレビやゲーム機のような娯楽が発展し、インターネットによって24時間いつでも情報通信を行うことができるようになりました。

 多くの現代病は、このような科学技術の発展によってもたらされた生活環境の劇的な変化が原因で起こっていると考えられています。では、このような環境の変化がなぜ現代疾患の原因と考えられるのか、その理由をこれから順に説明したいと思います。

病気が減らずに種類が変わってきている

 古来、人類は、食べるものにも恵まれなかったために栄養状態は不十分であり、十分に整備された住居もなかったために厳しい自然環境にさらされ、そして医療の施設も技術も未熟であったことから現代のような高度な医療を受けることはできませんでした。しかし、第二次世界大戦後、私たちの生活環境は急速に変化していきました。特に我が国は、未曽有の経済発展を成し遂げ、身の回りに食べ物があふれるようになりました。また、住宅の設備も過去と比べてきわめて高度になっており、冷暖房の整備により快適な気温の中で過ごすこともできます。さらに、西欧医学の導入による医療の発展は目覚ましいものがあります。その結果、例えば結核のような生命を脅かす疾患だったものが、今となっては過去のものとなりつつあります(図2

 それにもかかわらず、私たちは病気のリスクから解放されていません。それどころか、健康問題に対してますます敏感になり、健康食品などに対する関心も年を追うごとに高くなっています。これは、過去の疾患は克服された一方、生活環境の変化によって私たちを脅かす病気の種類が変化していることを示しています。

 例えば、今では糖尿病、心血管病、さらにガンが一般的な病気となっていますが、つい50年前までの罹患率は現在よりもずっと低いものでした(図3、ここでは糖尿病を例に挙げた)。また、現在では、うつ病や双極性障害(躁うつ病)のような気分障害もどんどん増え続けています(図3。自殺者統計が毎年ニュースで報じられているように、その数は毎年3万人前後を推移していますが(これは自然死とほぼ同じ割合)、この原因には、気分障害が潜在的には大きな部分を占めていることが知られています。さらに、睡眠障害の増加も目立っています。睡眠学者の研究によると、現代日本人の2割は不眠を患っており、約7割は睡眠になんらかの問題を抱えていると言われています。

 このように、私たちを脅かす病気は、科学技術によってもたらされた急激な生活環境や生活習慣の変化によって、その種類がどんどん変化してきたのです。医療の対象とする疾患の種類が時代とともに変化し続けているということは、医学研究もそれに合わせて対象が変わっていくことになります。このことからも、医学の必要性が色あせることは未来永劫ないようにさえ感じます。まさに、イタチごっこのような状態です。

寿命が延びたことだけが原因か

 では、病気の種類が変わってきた背景には、具体的にはどのような環境の急激な変化があるのでしょうか。まず考えられるのは、医療の発達そのものが環境的要因になっているという点です。皮肉なことですが、医療環境が発展したために寿命が延び、そのことが病気の多様化に影響しているのです。つまり、寿命が延びたことで、これまでは多くの人が遭遇せずに済んでいた病気が顕在化してきたということです。確かに、心血管病やガンが高齢者に多いという事実と照らし合わせると、その説明は的を射ていると言っていいでしょう。

 ただ、これらの疾患は、徐々にですが若年化が進んでいるという事実にも目を向けなければなりません(図4、ここでは子宮頸がんを例に挙げた)。したがって、医療の発展が病気の多様化をもたらしているという説明は、原因を十分に述べているわけではありません。また、糖尿病に関しても、寿命延長という理由だけではとても説明できないほどの凄まじいスピードで罹患率が上昇しています。実際、糖尿病にかかる人たちの年齢層は幅広いものとなっています。また、気分障害や睡眠障害の増加というものが寿命延長と相関が高くないことは想像に難くはないと思います。事実、いずれの疾患も、罹患者の年齢層は若い世代にも及んでいます。つまり、医療の発展による寿命の延長以外にも、病気の多様化の原因となる環境的な要因があると考えられるのです。

 医学の世界でよく説明される現代特有の病気の原因となる環境的要因は、主に現代人特有の生活習慣の中にあると考えられています。すでに述べたように、進化の理屈で考えると、長い年月をかけることで、私たちの体は自然環境の中でうまく働くように少しずつ形作られてきました。しかしながら、現代においては生活環境の変化が目覚ましく、体の変化がまったく間に合わないことになります。

生活習慣の中の四つの大きな要因

 生活習慣の中で具体的にどういうものが病気の原因になっているかというと、まず一つ目の大きな要因として、やはり食習慣が挙げられます。ただ、興味深いことは、食環境が豊かになったとは言うものの、総摂取カロリー自体は過去と現在を比べてみても、そんなに変わっていないということです。むしろ、ここ最近は減ってきている様子が見てとれます。

 では、何が問題なのでしょうか。それは、食事の内容です。つまり、現代人の動物性脂肪の摂取量が急激に増えてきているという問題です。私たちの体は、特に日本人の体は肉食仕様ではありません。トラやライオンのように大量に摂取した動物性脂肪を体内でうまく処理できないという特徴を持っているのです。そのため、動物性脂肪を過剰摂取すると、その脂肪分が血中にたまることになり、その結果、動脈硬化の原因や糖尿病を引き起こす原因になります。

 この食習慣に関連し、二つ目の環境的要因となっている生活習慣は、運動不足だと考えられています。たとえ動物性脂肪や糖分を多く摂取したとしても、運動をすればエネルギーに変換されて消費され、かつ、持続的に行えば筋肉が多くなり、体質が改善されて基礎代謝量も高くなります。しかし、現代の私たちの生活というのは、自家用車の普及や、仕事の形態の変化によって(つまりデスクワークの増加など)、運動する機会を失っています。

 そして、三つ目の環境的要因となっている生活習慣は、心理的ストレスであると言われています。しかし、この要因については、私には納得できる部分と納得できない部分があります。なぜなら、食料不足や病気に悩まされて死の恐怖に直結するリスクを抱えていた昔の人間よりも、物質的に恵まれている現代人の方が大きいストレスを抱えているということに対して違和感があるのです。しかし、それはおそらく、今と昔ではストレスの種類が異なるという点にあるのでしょう。

 例えば、現代社会は高度に秩序化されているため、人間関係によって受けるストレスが増加していると言えるかもしれません。また、現代の仕事の多くはオフィスでの事務作業が多く、昔の体を使った仕事とは異なる種類のストレスを受けていると想像できます。さらに、インターネットが普及して便利になった一方、職場ではもちろんのこと、職場以外でもメール等への対応に追われる日々を送ることになりました。このような習慣も、現代特有の新たなストレスの原因なのかもしれません。生命の危険に直結しないかもしれませんが、こうした小さな複数の新種のストレスが「慢性的」に続くことが、現代特有の疾患の原因になっていると考えられます。

 以上のように、三つの生活習慣を現代疾患の環境的要因として説明してきましたが、私たち時間生物学者(体内時計を研究する生物学領域を「時間生物学」と呼びます)は、ここで紹介した三つの要因に加えて、「体内時計」という四つ目の要因に注目しています。これが、本書のテーマです。

第1章 体内時計と現代病(2)

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