哲学者・鶴見俊輔は戦前のアメリカで何を見たのか――
一九三〇年代後半米国に留学し,三〇年後そのインドシナ介入に対し積極的な反戦活動を進めている著者は,北米の民主主義的伝統を再考しつつ,それを黒人や原住民の側からとらえ直すことを試みる.文芸批評家,詩人,SNCCの活動家,黒豹党の行動と思想を追求する中で著者の北米体験は深刻な反省を強いられ,新たな米国像が浮彫される.

四 〇 年 代

 おなじ一九四七年の一〇月から一一月にかけて、マシースンは、チェコスロヴァキアのプラハにまねかれ、カレル大学の客員教授として講義をした。彼はこの大学にまねかれた最初の米国人だったそうである。到着直後の宴会で、彼は、こんな演説をした。

 チェコスロヴァキア共和国の建国は、ジェファーソンからウィルソンにいたる米国の政治理論と密接なつながりをもっており、その独立宣言は米国のインディペンデンス・ホールではじめて発表された。自分の属する米国は革命の伝統をもつ国であるから、この国の市民として、自分は、チェコスロヴァキアがその政治的革命を経済的領域にまで進めてゆき、ウィルソンとマサリックの革命をマルクスとレー…

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