哲学者・鶴見俊輔は戦前のアメリカで何を見たのか――
一九三〇年代後半米国に留学し,三〇年後そのインドシナ介入に対し積極的な反戦活動を進めている著者は,北米の民主主義的伝統を再考しつつ,それを黒人や原住民の側からとらえ直すことを試みる.文芸批評家,詩人,SNCCの活動家,黒豹党の行動と思想を追求する中で著者の北米体験は深刻な反省を強いられ,新たな米国像が浮彫される.

不完全性の象徴の必要

 『ヨーロッパの中心から』(一九四八年)という旅行記の中で、マシースンは、自分の精神史を述べている。この本と、彼の死後に発行されたスウィージーとヒューバーマン共編の『FO・マシースン──共同的な肖像画』(一九五〇年)とが、その生涯の事実をつたえている。

 彼は一九〇二年二月一九日に、西部海岸のカリフォルニア州パサディナで、デンマークからの移民を祖先にもつ家庭にうまれた。その後、中西部にうつり、イリノイ州で育った。このころに南部についての理解をもった。その後、東部にうつり、ニューヨーク州のハックリー校を終え、イエール大学にまなび、卒業後はハーヴァード大学で大学院の研究生活を送った。北米合州国のあ…

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