哲学者・鶴見俊輔は戦前のアメリカで何を見たのか――
一九三〇年代後半米国に留学し,三〇年後そのインドシナ介入に対し積極的な反戦活動を進めている著者は,北米の民主主義的伝統を再考しつつ,それを黒人や原住民の側からとらえ直すことを試みる.文芸批評家,詩人,SNCCの活動家,黒豹党の行動と思想を追求する中で著者の北米体験は深刻な反省を強いられ,新たな米国像が浮彫される.

フェザーストーンの死

 北米にかえってから、私たちは、フェザーストーンから何のたよりも、もらわなかった。ジンから、フェザーストーンは元気だという消息をきくことができるばかりだった。

 そのうちに、フェザーストーンが死んだというしらせが来た。日本の新聞は小さい記事を出しただけだったが、今、ニューヨーク・タイムズで見ると、彼の死は、一九七〇年三月九日深夜マリランド州ベルエアの近くでおこった。(ニューヨーク・タイムズ、一九七〇年三月一一日、ホウマー・バイガート署名の記事)

 ラルフ・E・フェザーストーンは、もうひとりの名前のわからない男とともに、自動車の爆発事故で死んだ。事故は、フェザーストーンの親友H・ラップ・ブラウン(放…

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